第18話 許嫁


 生まれて初めて島を離れ、生まれて初めて飛行機に乗って、生まれて初めて、異国の地に到着した私を迎えたのは、見たことのないくらいの大勢の人と何でできているのかもわからない大きな建物たちでした。


 目に映るもの、耳に届くもの、自然にはない匂い、それら全てに圧倒されました。


 オジサマとオバサマは優しく私を扱ってくださいました。

 オジサマは「手続きしてくる」といってひとりでどこかに行ってしまわれました。

 オバサマは「衣装合わせしましょう」と大変良い笑顔でセイフクなるものを私に着せてくれました。


 時間はあっと言う間に過ぎてしまい、その日の夕方、私は浩一郎さんのご自宅に案内していただいたのでした。


 オジサマとオバサマとは、そこまででした。


「浩一郎はすぐに帰ってくるから」


 と、家の前で待っているように言われました。

 御父様とオジサマが決めてくださった許嫁の方を信用していないわけではないのですけれど、少しだけ、ほんの少しだけ、不安で怖かったです。

 けれど。

 オジサマとオバサマが、御父様が亡くなってからここまでの時間の全てを私に費やしてくれていたことも、ここまでが時間の限界、精一杯なのだということもよく理解できていました。

 謝ることなどなにひとつないのにオバサマは眉を下げて何度も何度も「ごめんなさいね~」と謝ってくださいました。

 オジサマはいつもの笑顔で、「あとは浩一郎が上手くやってくれるから。なーんも心配ない! この手紙を渡せばバッチリだから!」とVサインをしてくださいました。

 オジサマはいつでも私に勇気をくれる方です。


「オジサマ、オバサマ、本当にありがとうございマス。御父様のことだけでなく私のことまで何もかもお助けいただイテ。御礼などなにひとつお返しできまセンガ、せめてこの言葉と気持ちだけでもお受け取りくだサイ」


 そう伝えると、オジサマはいつもの、本当にいつもと変わらぬ笑顔で、


「何もできないなんてことはないぜ、ルゥちゃん。君が元気で笑顔でいてくれればそれが一番だし」

「だし?」とオバサマが先を促しました。

「御礼、っていうんなら、孫の顔が早く見たいね、俺は」


「孫、と言うと、浩一郎さんと私の……子?」


 ぼっ、と全身の血が沸騰して顔に集まっていくような、そんな気持ちになりました。


 オジサマの後ろ頭をオバサマがペチーンとはたき、

「二年は早いわよ~。ルゥちゃんまだ十四歳なのよ」

「おっ、そうだったな。忘れてたわ」

 どうやら日本では十六歳にならないと女性は結婚できない決まりなのだそうです。


「ルゥちゃん、だからね、とりあえず2年! と仲良くしてあげて。それで、こうちゃんのことを気に入ったら、ね?」

 オバサマは悪戯っぽく笑い、最後に私の頬にそっとキスをしてくださいました。

 オジサマも同じようにしてくれましたが、おひげが痛かったです。


 浩一郎さんもそんな風にしてくれるといいな、と思い、ちょっとだけ恥ずかしくなりながら、私の許嫁のお帰りを待つことにしたのでした。

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