第10話 退勤


 今日の俺は17時台から超絶ソワソワしていた。

 あまりの挙動不審さ加減に隣の日下部さんが「お腹痛いの? トイレ行く?」とか言ってくるほどだった。お気遣いありがたいですが、腹具合は問題ないです。


 ソワソワの原因はルゥさんである。

 今日は始業式だけだったはずなので、昼過ぎには下校しているはずだった。


 ちゃんと友達はできたろうか。

 変な奴に絡まれたりしてないだろうか。

 道に迷わずちゃんと家に帰れているだろうか。


 一人で寂しくしていないだろうか。


 いくら天涯孤独になったからとはいえ、うちの親父のワケワカラン計らいで、日本で暮らすようになったのだ(そもそもそれもどうなのだ、という話だ)。不安でいっぱいで寂しいに決まっている。

 

 いつもニコニコ笑っているが、あれはきっと彼女なりの俺への気遣いなのだ。

 だからせめて、今日だけは――毎日は無理でも――今日だけは定時で帰ってやりたかった。

 

 じりじりと時計を見ていると、時間は全然進まない。

 そういうものだとはわかっているが、つい何度も時刻を確認してしまう。


「課長」

 と日下部さんが俺たちの上司に声をかけた。

「水元くん、体調不良のようですので、さっさと早退でもしてもらってはどうですか?」

 絶対零度の視線と容赦ない辛辣な言葉。

「おや、水元君。そうなのかい? 無理はよくないよ」

「は、はあ」

「今日のところは使い物になりませんので、病院に寄るなり、自宅療養なり、さっさと帰らせてください」

 ドきつい日下部さんの提案に、課長は「そうだね。帰った方がいいね」とコクコク頷いた。ちら、と日下部さんに視線をやると片目だけ笑みの形にして頷いてくれた。


 日下部さん、恩に着ます! 


「すみません。午前半休の上に早退で申し訳ないのですが、お先させていただきます!」


 俺は速攻で退社した。


 席を立つ時、すれ違い様、日下部さんに「貸し、ひとつよ」と囁かれた。首筋がゾクゾクした。いや、今はその感覚を楽しんでいる場合ではない。


 待ってろルゥさん、すぐ帰るからな!

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