第9話 職場


 午前休で学校面談を済ませ、午後出社。

 ちょうど昼時で、オフィスに人の姿はまばらだ。


 そそくさと自席に着くと、隣の席から、

「おはよう、水元くん。今日は午前休だったの?」

 と声がした。

 声の主は、

「日下部さん」

 綺麗な黒髪と眼鏡のしっとりとした清楚系知的美人だ。

 入社年は同じだが、一歳年上のお姉さんだ。

 こんな同期がいるのは全く幸運だ。目の保養になる。


「おはよう。そうなんすよ。ちょっといろいろあって」


「なんだかお疲れみたいね。土日も忙しかったの?」

「まあ、ちょっとアレコレ買い物に」

 ちょっとどころではない量だったが。


 日下部さんは口元の黒子に人差し指を当て、んー、と呟き、

「もしかして、彼女とデート、とか?」


 彼女? デート?

 ルゥさんは、彼女ではないな? 許嫁という名目ではあるが俺の気分は保護者だ。

 買い物も、デートではないな? 日用雑貨買いにいっただけだし。

 けど、買い物の時によそ行きの服に着替えたルゥさんは息を飲むくらい可愛かった。思わず口に出るくらい。

 あー、でも、まあ、総合的には、


「……違うっすよ」

「すっごい変な間があったけど?」

 と、くすりと笑う仕草も美しい。可憐だ。

「そんなことないですけど?」

 じゃあ、と日下部さん。意味ありげな流し目で、

「デートじゃないんだね」

「そうですけど」

「そうなのね」


 やたらと念押しをして、ふーん、と何故か微笑む日下部さん。意図が読めない。

 誘われてるのか?

 いやいやいや。

 そんなことはないないない。

 日下部さんほどの美人だぞ。彼氏くらいいるに決まっている。


 脳内でそんなことを考えていると、ちょうど昼食から戻ってきたらしい部長が、

「日下部さーん、コーヒー淹れてくれんかね?」

 と今どきアレな問題発言をぶちこんできた。

 案の定、日下部さんは絶対零度の視線を向け、

「ハラスメントですか? 私はパワハラでもセクハラでも構いませんよ?」

 口元だけでにっこりと笑った。


 おお、流石、日下部さん。つええ。

 部長もタジタジで自ら給湯室に向かっていった。


 俺も気を付けよう。

 興味の無い男から誘われるのはセクハラに該当する昨今だからな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る