そして12月25日は。

 


 切実に

 星の使いのクリスマス






 カーテンを開けると、窓辺に吊した靴下に朝日が注がれた。


 履くには大きな靴下は、ぺたんこだ。

 さすがにサンタさんは三十八回目のクリスマスを迎えたお兄さんに、眠っている間にプレゼントを届けてはくれない。



 この日にお休みをもらえただけで最高の贈り物なんだとしなくては、今頃、社に向かう道すがら、課長に呪いの言葉を吐いている同僚が怒るだろう。


「こっちにも予定があるんですよ! クリスマスっすよ! 察して下さいよ!」


「お前が休みを欲しがるのは今に始まったことじゃないだろう! ええい! うるさいッ! さっさと外回りでも行ってこい!」


 見た目は絶滅危惧種の雷親父だが、甥っ子相手でなくても適度な休憩を勧めてくれる心優しい課長と、これでも少しは成長して頼りになる同僚の、恒例のやり取りが聞こえて来るようだ。



 つい部屋で一人笑いを漏らすと、吐く息が白かった。

 雪は降らなくても、今朝はかなり冷え込んでいる。エアコンの電源を入れて部屋が暖まるまでと、立ったままインスタントコーヒーをすする。


 クリスマスに休みをもらったのなんて、いつぶりだろう。

 視察で異国の街をめぐり、旅の途中で少し気の早いクリスマスを迎えたこともあったけれど、それは仕事で休暇ではない。

 そんな風に言いわけして羨ましがる同僚をなだめたのが、昨日のことのように思い出せた。



 それからもう、三年は経つのか。



 コーヒー片手にぼんやりしていたら、玄関の郵便受けから、ことんと音がした。

 まだテレビもスピーカーも付けていなかったせいで、お届け物のその音が、やけにはっきりと耳に届く。

「はいはい」と、田舎の母のように見えない相手と郵便物に返事しつつ、マグカップを置いて玄関へ向かった。



 郵便受けから手紙を取り出す。



 そうか。今年もそんな季節なんだ。



 もうすぐクリスマスだなと頭で思ってこの日を迎えてはいても、相変わらずの忙しい毎日で、年の瀬の実感がない。

 でもこうして今、手の中にある物を見れば、今日がまぎれもなく12月25日、クリスマスの朝なのだということを感じられる。


 窓辺の靴下のもとへ歩む。

 朝日を浴びながら手紙の封を切ろうとして、手が止まる。



 もう一度、窓の外を見下ろす。道の角に消えた姿はもう、そこにはなかった。



 クリスマスのアルバイトだと思うけど。

 空っぽらしき白い袋を背中にひらひらさせて、路地の角へと誰かが駆けて行くのが見えた。

 サンタの三角帽子に赤い上着。下がなぜかデニムだったのを覚えているのは、暖かそうな赤い長靴にまとわりつくようにして、しま模様の猫が一匹、彼に付いて行ったからだろう。


 クリスマスっぽいと言えばクリスマス的な光景を見た後だからか、封筒の絵柄が聖なる日を、さらに盛り上げてくれる。

 尖ったヒイラギの葉に赤いリボン、金のベル。封筒の端を彩る絵に目をやりながら今度こそ封を切ると、雪のように白い、クリスマスカードを取り出した。



 メリークリスマス!



 いつかその言葉を交わした人の手で、踊るように書かれた、お祝いのあいさつ。金のインクのそれに、こちらのことを気遣う言葉が続き、向こうの近況が添えられる。

 添えてあったのは言葉だけでなくて、数枚の写真も封筒の中に入っていた。



 画材店での集合写真には祖母と孫と店主が、テーブルの上の皿のものを興味深げにながめる、こげ茶色の猫と収まっている。


 写真の主役は、ルシアさんお手製のクッキーマンが飾られた、イチゴのショートケーキだ。

 昨年のメッセージでこちらのクリスマスの祝い方を伝えたら、お菓子作りが趣味の彼女が気に入ってくれて、仲間とも予行練習した時の記念写真なんだと手紙にある。


 絵画教室での写真では、エルノさんが子どもたちに囲まれていた。

 子どもたちの手には色とりどりに塗られた人物画がある。緑や赤、オレンジ色の星が散る中に共通して立っているのは、白に塗るか、そこだけ塗り残された白いコート姿の人物だ。



 同じ人物を銀のインクで描いたものが額縁に収まって、窓のとなりの壁に掛かっている。

 こちらの本屋で童話集の挿絵の中に知った人の名を見つけて、嬉しい再会だったと手紙で伝えたら、クリスマスプレゼントにと昨年貰ったものだ。



 教室で描いた絵は子どもたちが持って帰ったそうだから、これでは近いうちに、あの街にも支社を作ることになるかもしれない。



 なんだかんだで、仕事の話しか。



 変えられない自分の性分を笑い、もう一度カードの文面を読み写真をながめて、それらを大切に封筒に戻すと、クシロは壁から手に取った大きな靴下へ入れた。



 まあ自分も、願い事を届ける限り、サンタさんみたいなものだからね。



 と、クシロはまた自分を笑う。


「サンタクロースさん、あなたのお願い事も引き受ける覚悟でいますよ」と、クシロは、贈り物で角ばった靴下を窓辺に吊るした。



 12月25日の朝、ツリーの下や靴下の中の贈り物に、世界中の子どもや善良な大人たちが笑顔を浮かべている頃。

 こうして、最高のプレゼントの手紙を最初の贈り物の靴下へ入れるのが、クシロのクリスマスの日の始まりなのだ。






 切実に 星の使いのクリスマス

『そして12月25日は。』 おしまい 



 クリスマスと七夕のお話を読んでくれて、ありがとう!









 

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きせつの本 クリスマス sorasoudou @sorasoudou

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