2 休暇願い




 太古から今が今まで、人は星に願いを祈る。


 短冊がたわわに実った笹を見れば、願いは尽きることはないと誰にだってわかる。そのおかげでスワは未だに、まともな夏休みを過ごしたためしがない。



 なんで、オヤジと同じ仕事、選んだかな。俺。



 スワは『星の使い』になってから何百回目かの後悔に、うなだれた。



 願いを星に届けるには、人では天は遠すぎる。

 星々を司る者たちを治める天帝は、星の使いとした者を下界に派遣して人々の願いを集めることにした。

 そのすべてを叶えるわけにはいかないが、星の使いたちは地道に仕事を続けた。その存在が公になるずっと前から七夕が人々に忘れられずにいたのは、いつか星に願いが届くからだ。



 しかし、七夕以外だって、人は星に祈る。

 歌の題名にもあるくらいだ。年中無休に加えて七夕様の忙しさときたら、なにと比べたら言い表せるのか、まだ二年目の星の使いには思い付かないほどだった。


 スワは、ぐったりした様子で半ば目を閉じて、笹の横を通り過ぎようとした。

 広場から吹き抜けて来た強い風が、スワのおでこに笹の枝を打ち付ける。頭にきたスワが思わず引っつかんだ短冊に……その願いごとが書いてあった。



『お休みを下さい。一日で良いです。お願いいたします』



 これって、休暇届けじゃねえの?



 休暇を却下されたばかりのスワに、その短冊を突き返すことなど出来なかった。





 笹の、一番低い枝の、端の端……大きな肩掛け鞄が、小さな背に不釣り合いな少年が、真剣な表情で短冊を結び付けている。

 笹を離した手から舞い上がるように、揺れる短冊。少年は祈るような目で、休暇届けの短冊を見送ると……きょろきょろと辺りを気にして、広場へと走り出た。



 ……なるほど。配達の仕事をしてんのか。

 お、名前はルイ……いや、ルイは弟か。で、配達少年は……シュンだな。



 星の使いが授かる力のひとつ『星の目』で、スワは短冊が笹に託された時を透かし見た。



 アーケードに頭上を覆われていても、そこからわずかに空が見えさえすれば、天の星は地上で何があったか知ることが出来る。たとえ昼の明るさに隠れた星が、大地に生きる人からは見えなくてもだ。

 星の使いたちはその力を借り、願い主を探し出してきた。


 スワは目を開けると、額に押し当てていた短冊をポケットに入れた。


 写し取り用の特殊な短冊なんて当然デスクに置いてきていたスワは、シュンの休暇届けを笹から失敬していた。後でまたぶら下げておけば問題ないだろうと自分で自分に言い訳して、スワは上着のポケットの上から短冊をぽんと叩いた。


 商店街の長いアーケードで、ひとつだけ空いていたベンチに座り、見えない天を仰いでスワは考える。しばらく目をつぶって、また首をひねっていたが、不意に立ち上がった。

「仕方ねえなあ」とつぶやくと歩き出す。

 まだ辞表を書いていないこともあって、星の使いの仕事が捨てきれないのか、休憩を終えたスワは市庁舎の時計塔が陰を落とす、暑い広場へと出て行った。





「この手の願いは雇い主が叶える、ってはすぐ、審議持ち越しにするからな」


 ぶつくさ言いながらも、スワはシュンを探す。


 広場にかかる時計塔の陰が、この場所からだと日時計のように見えていた。スワは市庁舎の屋根の上から、広場を行き来する人々を見下ろしている。

 どこか遠い異国で素晴らしい時計塔を見た、少々有名な昔の建築家が設計したという街の象徴、赤煉瓦で飾られた市庁舎。時計塔が付いたレトロな建物は、星の使いにとっては格好の物見やぐらになっていた。


「いたな、配達少年」


 日よけに頭からかぶっていたジャケットをすばやく着ると、スワは熱い屋根を走り、端から宙へと跳んだ。





「ご苦労様。また頼むよ」


 買い物袋を手に腰が曲がったおじいさんがお礼を言って、家の扉を閉める。シュンはそれを見届けて、路地を戻って行った。

 軽くなった肩掛け鞄が、シュンの背でマントみたいに揺れる。広場へと続く道の途中でまた路地に入り、細い道をどんどん進んで行く。


「シュンにい! おしごと終わったの?」


 赤いほっぺたをした男の子が、路地に立ち並ぶ古い家の窓から顔を出した。部屋の奥には洗濯物を畳むおばあさんがいて、背伸びして窓の外をのぞく男の子の背に笑みを向けた。


「ううん。ルイにって、コレもらったんだ!」


 シュンは弟の目の前に、映画の招待券をかざした。





 

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