スケッチブック
『スケッチブック』という名の画材店にて。
12月。
クリスマス前だ。いそがしくなるね。
そう、店番が……じゃないよ。
街全体が、だよ。
そうは言っても。
僕、よそのことは、あまり知らないのさ。
ここの窓から見るだけでも、そう感じるという話し。
降っては、止む雪。
店の前の路地を行き交う人。中には、よく知っている顔もある。
ほら。
いま路地を出て行った、お姉さん。
雑貨屋さんで。うちのご主人が頼んだ安くてお得なコーヒーを、よく配達してくれるのさ。
必ず僕に笑顔であいさつしてくれるから、僕も必ず、あいさつを返す仲だよ。
だれ、って? 店の二階にいる人?
ああ!
うちの常連さんだよ。前は旦那さんと二人で来てくれてたんだ。
エルノおばあさんはね、実は、挿絵画家なんだって。
上でやってる絵画教室で講師をしてくれることになってね、その準備中。
そうそう。お孫さんのルシアさんはね。
うちの店の向かいの、古本屋さんで働いてるのさ。
ほら、向こうの窓に見えるだろう?
エルノおばあさんと同じで、しばらく仕事を休んでいたらしいけど。
いまは元気だよ。
そういえば……。
ご主人が、そこの古本屋で、変わった本を見つけたことがあって。
借りてきたのを、僕も見せてもらったんだ。
正確にはノートでね。手書きの文字に、鉛筆の絵がついていたよ。
しかも、それを置いていった人。
買った本の代金の足しに、って言ったそうだ。
いまは風任せに旅をしてる、って、うわさで聞いたけれど。
きっと請求を逃れるためだね。
ああ、また雪だ。
たまに。
雪みたいに白くてさ。綺麗な猫が通ることがあってさ。
長い尻尾がすてきで。アメジストじゃないかと思うような瞳をしてる。
ここから僕が、こんにちは、って言うと。
尻尾を、ふわりと振ってくれるんだ。
いつか、話しをしてみたい。
あ、あの方は……違った。おつかいの坊やか。
そうだよ。小さな方も、うちに来るんだ。
いつもは朝か夕方に見かけることが多いね。
帰りは大きな荷物を抱えて、まるで紙袋が歩いてるみたいなんだ。
その小さな方はね。
うちの店で会った時、いつも。
「とっても大人しいんだね。賢いなあ」って、笑顔で誉めてくれて。
だから僕、大好きだよ。
おや?
向かいから出て来たのは……。
ルシアさんだ。こんばんは。
「こんばんは」
これから、エルノおばあさんと一緒に帰るんだね。
「どうしたんですか、店長さん?」
ご主人が、店内を落ち着かない様子で見回していたから、ルシアさんも気になったようだ。
「いや、ね。ウチのが、さ。この頃やたら何もないとこを、じっと見てるものだから……ネズミでもいるのかと……」
ご主人は、ネズミが苦手なんだ。
自分の方がずっと大きいのにね。
「ああ、それなら」と、ルシアさん。
「もうクリスマスまで時間が少ししかありませんから」
「え? それが、どうしたんだい?」
ご主人が聞くと、ルシアさんが笑った。
「ほら、知りませんか? 来ているんですよ、この街に。クリスマスには、大忙しですもの」
「ああ! そうか!」
クリスマスの妖精だ!
猫には見えるって聞いたなあ、と、ご主人は。
僕の頭を撫でた。
「本当にそうなのかい? ブラウニー?」
さあ? どうでしょうね?
『スケッチブック』 おしまい
クリスマスのお話を読んでくれて、ありがとう。
実は、七夕にもクリスマスは続きます。
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