10 おくりもの。
ルージーンが出てってから、気づいた。
「あ! お礼!」
「だいじょーぶ。お礼とか言うと、照れて機嫌悪くなるからねー」
って、タラップを収納中の、おねーさんに止められた。
「キャロさんに、とばっちりがいきますね」
小声で言ったんだけど、聞こえてたか。フードの下に笑いをこらえる横顔が見えた。
そんなこと話しているうちにタラップは畳まれて、発進準備は完了。おれが手伝う隙もない。デッキに出れなきゃ、手伝えないけど。
「出発しまーーす!」
陽気な一声と同時にプロペラが回った音がして、飛行船が動き出した。ぐわんと船体が揺れる。必死で椅子以外にもつかまる物を探す。海を行く船と違って、椅子が固定されてないんだ。
そんなことより……ドア、開きっぱなしなんですけど!
「ゼントー。みんな、手ぇー、振ってるよ!」
おねーさんっ! チビスケが手すりに乗ってます! やめさせてー!
「ン? メリーークリスマーース。だってー」
その一言に、おれは思わず、デッキに出ていた。
手すりを両手でつかむ。体が震えてくる。寒いのか怖いのか、わからない。見下ろすとキャロさんとプディさんが、丘の上で手を振ってくれていた。
今のおれには手を振り返すのは無理だ。だから。
「メリークリスマス! ……!」
ああもう、声が震えすぎだって。それに、最後の方は丘の上に届かなかったと思いたい。なんだか調子に乗っちゃった感じがして。
「早いけどー、だってー。聞こえたー?」
余計なことするな、このチビスケめ! なんか余計に、はずかしいだろ!
手すりを握る指に力が入る。平たいからって細い木の手すりにのってるとか、見てるだけで、ぞっとするんですけど。
船内からは、のんびりとした声が聞こえた。
「下じゃなくて、遠くを見るんだよー、ゼントくん」
元仲間のアドバイス。もちろん、すぐに実行する。
少しでも怖さを減らしたい。少しでも、みんなの姿を見ていたい。
あ、ルージーンだ。雪が、ひとかけら落ちたみたいに、原っぱで光って見える。
「雪だー! ゼント、つかまえてー」
チビスケが言ってるのは、ルージーンのことじゃない。本物の雪が降り出した。ルージーンみたいな綿雪が、風に乗って流れてく。
雪にかすむように、ルージーンが見えなくなっていく。キャロさんもプディさんも、丘も街も、時計塔も……。
不意に、おれは。雪の中に出て行くサンタのおじさんが、あの夜、言ってたことを思い出した。
『贈り物をもらって、うれしいのは。贈り物をしたいって気持が、うれしいからなんだよ』
いまごろ、あの重いカップ使って、ココア飲んでるかな?
チビスケがおれの手に、顔をこすりつけてきた。
「なんだよ?」
「ボール遊びしよー。ネコじゃらしもあるよー。おれ、つかまえるのうまいンだァー」
デッキに飛び下り、船内へと走り、おれを呼ぶ。
「ゼントー。いっぱい遊ンでやるよーー」
「やっぱり、そうかあ。チビすけ、自分へのクリスマスの贈り物を探しに行ってたんだねー。見つかってよかったねー、弟!」
おねーさんが笑って、テーブルに飛び乗ったチビスケへ答えた。
おとうと、ってのは気に入らないけど……なるほど。
確かに、こうやって大切な場所へ送り届けてもらっているおれは、いろんな意味で『おくりもの』ってことみたいだ。
……よろこんでもらえるといいけど。
なんて思っているうちに、無意識に手すりを離れられていた。おれは空いた手のひらで雪をひとひらつかまえて、船内に跳び込む。
もちろんドアは、しっかり閉めた。
『おくりもの』 おしまい
次のお話は『スケッチブック』です。
では、また別の日に。
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