8 丘の上で。
おれは丘を上って、ルージーンへと近付きながら聞いた。
「知ってたんですか? あいつの……親」
「まあね」
今朝、めずらしく走って出かけた先って、この飛行船か。
「もう! ゼントくんに教えてあげればいいのに」
「そうですよ。それに、あの子のお母さんって、あの人ですね?」
あれ? みんな、もしかして。
「友達、なんですか?」
ルージーンは、しっぽでおれに返事した。知ってることは知ってる……っていうことにしたいみたいだ。
飛行船が丘の真上に来た。デッキに降りたチビスケは太いロープを後ろ足で蹴って、丘の上へと落とす。
「ゼントー! それ、持っててー」
言われるままに素直で親切なおれは、丘のてっぺんへ駆け上がって、ロープの端をつかんだ……え!
ちょっと待て、待ってくれ! これって、ヤバイだろ。足が、足が浮いたっ!
「……痛ってーーーーえ」
「手、はなしちゃダメなンだよー。きちンと持っててよー、ゼントー」
「何やってるの、アンタ。そりもないくせに、なんの遊び?」
尻もちついた状態で、凍った斜面を下まで滑り落ちた人間に……ネコたちよ。ひどくないか?
「ゼントくんっ! ケガはない? だいじょうぶ?」
キャロさんがプディさんと、丘を駆け下りて来た。おれは、よろけつつ立ち上がる。二人の後ろには、おれを赤面させる光景があった。
「大丈夫……です……ははは」
はずかしい! 足、着くじゃん!
ロープは丘の上の、地面からそんなに離れていないところで揺れている。
なんでこんなことに。丘か、丘の高さのせいか?
いいや、絶対、空飛ぶソリ試験のせいだ。確実にひどくなってる。十一回分の恐怖も加わって、いまさらどうしろってんだよ……。
「こら、チビすけ。ロープを降ろすのは止まってからって、さっき言ったよ。やあ! ルージーン、また会えたねー」
叱っているとは思えない、のんびりした声が上空から聞こえた。デッキに面した飛行船のドアが開いてて、その前にフードをかぶった、小柄な人影が立っている。
「ごめんよー、ゼントくん。君がゼントくん、だよね? またまたチビすけが迷惑かけて。あ! キャロさん、お久しぶりですね、こんにちはー! ん? もう、こんばんは、なのかな?」
チビスケ似の、のんびりした口調にずれた話。でも、デッキに付いたハンドルを回してタラップを降ろす仕草は、てきぱきしていた。
この人がチビスケの『おかーさン』か。
ぽかんと見上げてたら、タラップの階段が半分できたところで、チビスケが飛び降りてきた。跳びはねながら、こっちに駆けて来る。
「ゼントー、楽しかったー? カッコよく、すべったねー」
楽しいわけないだろ! そんなことより、おれを心配しろ。
まったく、こいつの話しのずれ具合は完全に育ての親ゆずりだな。
あきれて物が言えないおれの足にまとわりつきながら、チビスケは代わりにしゃべり続けた。
「ゼントー? あ! 見とれてンだな。カッコイイでしょ、おれの家。案内するよー」
ああ、家が移動してりゃ、住所は言えないや。
「おかーさーン! いいよねー?」
「もちろん、いいよー。でも、ほら、おかーさんじゃなくて、おねーさんと呼びなさいってのも毎日言ってるんだよ、チビすけ。おや、あなたは雑貨屋さんの! これまた、ご無沙汰しておりました」
深々としたお辞儀に、プディさんがつられて頭を下げた。
その後は相変わらずの、どたばただ。
プディさんは、おねーさんが近くの木にロープを結ぶのをお手伝い。ルージーンは「冷たい地面なんて、まっぴらだわ」と言い捨てて、さっさとタラップを上がっていった。
チビスケは所々が凍った丘を無駄に駆け回り、おれとキャロさんはというと飛行船を見上げて、タラップの前で突っ立っていた。
「もしかして。キャロさんも」
「うん。ゼントくんもか」
そういえば店にあった木の脚立、新品同然に見えたなあ。反対にクリスマスカラーに塗られた踏み台は、ペンキが薄くなるくらい使い込まれてたっけ。
「僕、おもちゃ工場担当で良かった。ゼントくん、実技試験、大変だったね」
「……はい」
『運転中に目を閉じるとは無謀すぎる!』って、試験官の先輩たちやトナカイたちに何度も怒られて。
「さ! 上がってって下さい。おや、どうしました?」
キャロさんの後ろから、ひょっこりと、フードをかぶった頭が出てきた。丘の上から拾い上げた大きな枯葉を紙飛行機みたいに、下のチビスケに投げてやっている。
「気を使わなくたっていいわよ。その二人、高い所がダメなだけだから」
デッキの上のルージーンが悠然と、おれたちを見下ろして言う。いつの間にか足元に来ていたチビスケが、おれの足をしっぽで叩いた。
「そっかー。だから、ゼント。空飛べるトナカイに、下、走ってもらったンだねー」
ばらすな、チビスケ。ネコにはわかんないよな、この気持ち。
「私もなんですよ! 仲間ですねー」
フードを揺らすぐらいに大きくうなずいてるけど、いや、どこがですか! 飛行船で暮らしてるじゃん!
「だいじょうぶだよー。浮いてるンだもん。落っこちたりしないよ。たぶン」
と話しながら首をかしげているチビスケ。飛行船がどうやって飛んでいるのかわかっていなさそうなこいつの言う「たぶん」とか、なんの、なぐさめにもなんない。
「ゼント。さっさと乗ったらどう? それとも、おじさんに合わせる顔がないから嫌、ってことかしら?」
……そうさ。
鞄には預かり物の大切なサンタ道具しか入れてないくせに、いざとなったら足が向かなくて。チビスケを道草の口実にした。
「いいのよ、別に。サンタと街へ下見に来るトナカイを待つ気なら。でもアンタに時計塔の上まで行ける度胸があるのかしらね」
ここまで言われて、黙ってられるか!
おれは顔を上げ、タラップに足をのせた。
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