7 街外れ

 




 路地から路地へと歩いたあげく、街外れの原っぱに出た。


 ルージーンがおれをどこへ連れて行く気か答えてくれなかったのは、もう、どうだっていい。

 コートのポケットに両手を突っ込んで、おれは黙って、白いしっぽを追いかける。肩掛けにしたままの旅行鞄が、やけに軽い。


 そういや、この街に来る時はトナカイから振り落とされないように……あいつを、鞄に入れてやったんだった。


 薄情なもんだよな。人が話してる間に、勝手に鞄に潜り込んで。

 大事なサンタの袋に、しましまの抜け毛と落ち葉を付けて。

 母親を探してやってる、この親切で、すてきな少年を置き去りにして。



 勝手に、消えちまうなんて。



「昼寝しに帰ったんでしょ?」



 って、何だよ! ネコの常識は、人の非常識だ!



「ゼント」


 わ!


「似合いもしない深刻な顔して、うっとうしいんだけど。帰りたくないなら、ここに捨てて行くわよ」


「ルージーン。仕方ないじゃない、突然だったんだし」


「そう! 突然なんですよ。魔法の袋は気まぐれなところがある、って聞きました。ゼントくん、あの子はきっと、今頃ちゃんと。お母さんのところに」


「うるさいわね! アンタたち、店はどうしたのよ。キャロはひまだから、いいとして。プディは配達があるんじゃなかったかしら?」


「もう。うちのお祖母ちゃんみたいなこと言わないでよ、ルージーン。キャロったら、そう落ち込まないで。今年のクリスマスはきっと、お客さんが来るわ。イブまでには」



 ルージーンを先頭におれを挟んで、プディさんとキャロさんが続く。つながって途切れない会話に囲まれて、こうしてみんなで丘を登って行くと、寒空の下でもピクニックのようなにぎやかさだ。



 ここに、あいつがいたなら、もっと、にぎやかだったな。

 いや、嫌気がさしてたかも。足元にまとわり付くから歩きにくいし、ケンカになるよな。それでおれがまた、ルージーンに怒られて……。


 ああーもう! なに考えてんだ!

 あいつは家に帰った。だからおれは、これからどこへでも、好きなところへ行けるじゃないか!



「ねえ、ルージーン。ゼントくん送るって、こっちは何も、ないわよね?」



 一歩前に出たプディさんが、先に丘を登ってく、ルージーンに聞いた。

 少し遅れてついてくるキャロさんも、この辺りは初めて来るって感じで、街と時計塔を何度も振り返っている。



「そうか! トナカイさんが来てるんですね? 下見をしに来た新米サンタさんとかは、時計塔だけじゃなくて街の周りも、っあわわ!」



 えっ! 何?

 振り返ったらすぐ側でキャロさんが転びかけていた。凍りついた枯れ葉に足がすべったんだ。


「大丈夫ですか!」


 おれは、両腕をパタパタさせてバランスを取り、なんとか踏んばっているキャロさんの手を、間一髪でつかまえた。

 キャロさんが、おれの腕にしがみつく。「ありがとう!」と何度も、お辞儀してくれた。

 工場の小人さんたちって、陽気で元気でにぎやかなひとか気難しそうなひとが多いけど、キャロさんっていい意味で親しみやすいよな。いい意味で。


 そんなおれたちに丘の上から冷ややかにひと言。


「よそ見してるからよ」


 こんなことを言うのは誰なのか、顔を見なくてもわかるようになった。プディさんがルージーンの指摘に苦笑いしつつ、丘を下りてきてくれる。



「びっくりしたわ。本当に平気なの、キャロ?」


「だいじょうぶ、ごめん、ごめん。ありがとう、ゼントくん」



 またお礼を言って、キャロさんが顔を上げた。その目が、貼り付いた糸みたいな細い目に、澄んだ水色が。まん丸く、見開いていく。

 丘に背を向けていた、おれにも聞こえてきた。ハチの羽音のような、なにかの機械の……。



「ゼントぉーーー! ゼント、いた! おかーさン、いたよー! ゼント、いたーー!」



 うるさい! おれを大安売りしてんのかっ!



 振り返って見上げた先に、綿雲みたいな、飛行船が浮かんでいた。

 白い雲に見える風船みたいなものの下には客室というのか、四角い機体がくっ付いている。

 その側面にちょこんと飛び出した、デッキの手すりの上で。


 あいつが、しっぽを、びゅんびゅん振っていた。


「そんなところに、よく乗ってられるな」



 しましまのチビスケめ。



「やっぱり、来て正解ね。また、さわぎになるところだったわ」


 ルージーンが丘の上で、優雅に、しっぽを振った。


「ほら、ゼント。迎えが来たわよ」







 






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