5 ネコの話し。

 



 あの後すぐに時計塔の鐘が鳴った。

 対決のゴングか! って、一瞬思っちゃったよ、おれ。


 でも鐘の音はルージーンに、お茶の時間を思い出させてくれて。おかげで助かった……キャロさんが。



 ということで、いまはこうして、みんなでカウンターをかこみ、紅茶を飲んでいる。



「その失礼なチビの母親ね……アタシの生まれ故郷にいるんじゃない?」



 退屈そうに話し、ルージーンはカップケーキをかじった。爪で引っかけ、器用に前足で持っている。



「たまに、アタシみたいなのが生まれるから」


「ルージーンみたいなの? なんだか、怖いわね」



 プディさんの意見に賛成だ。それを目の前で、笑って言えてるのが驚きだけど。



「怖くて当たり前かもね。化け猫とも呼ばれてるし」



 キャロさんが、口を押さえた。

「化け猫!」って叫びそうになったんだな、きっと。



「人の言葉を、しゃべってるだけなのに?」



 色んな種族をお得意さんにしているプディさんが首をかしげる。



「他にも、尻尾が何本かに分かれたりするのよ。それで、ネコマタって呼ばれることもあるわね」



 みんなつい、スツールの端を飾った、ルージーンの白くて長い、しっぽを見た。



「何よ? アタシは、まだ、そんな歳じゃないわよ」



 キャロさんが、まっ先に目をそらした。見た目に反して、すばやい。

 わざわいの種をばらまくチビスケが「オレより年上なのにねー」などと言い出す前に、おれはあわててルージーンに聞いた。



「生まれ故郷……って、遠い……ですよね?」



 しゃべり方がキャロさんみたいになってしまった。どんだけ、びびってるんだ、ネコ相手に。



「遠いわよ。何? ゼント、そこまで行くの?」


「ええ、まあ」



 この先の予定もないし……。



「それより、家に帰ったらどう? アンタの方こそ母親が心配してるわよ。サンタ試験に落ちるくらいだし」



 そうさ。

 面接通れば、っていう、形だけの採用試験に落ちたさ。それも、十一回も。

 実技試験が全滅したやつ、初めて見たって言われたさ。試験の相棒のトナカイたちに……。



「まあ、ほら、でも! 来年もあるんだし! 来年も受けるよね? ね?」



 あわててフォローしてくれる、キャロさん。おれ、そんなに落ち込んだ顔してます?



「キャロ。それはアンタが決めることじゃないでしょ。サンタになれなかったぐらいで、死ぬわけじゃあるまいし」



 キャロさんの顔色が悪くなった。



「だいじょうぶだよね? ゼントくんっ」


「大丈夫に決まってんでしょ」



 おれの生死を、そっちで勝手に決めないでくれ。



「それで? 落第者のアンタが。どうして、サンタの道具なんか持ってるのかしら」



 とっとと話題を変えたルージーンは、空っぽのカップをプディさんの方に押しやった。プディさんが注いだ温めたミルクからは、かすかに紅茶の香りがする。

 おれは、話し始める前に紅茶を一口飲んだ。ひどく、のどが渇くんだ。この話。



「サンタの袋は」

「おかーさンも持ってるよ。ラクダイシャ、なのかなー?」



 急にチビスケが話に入ってきた。振り返ったおれはあまりのことに、あごが落ちるんじゃないかってくらいに、口を開ける。

 って、黙って見てる場合じゃない!


「乗るなよ、鞄に!」


 その鞄、結構高いんだぞ! おれの母さんがサンタ修行に、って買ってくれたんだ!


「うわ! やめろ、後ろ足で踏みつけるんじゃない!」


 さっきからおとなしくしてるから、さすがに反省してるのかと思ったら。

 お前、さてはそこで寝る気だな!


「いいから。さっさと話しなさいよ、ゼント」


 いいって。ネコは全員、人の鞄をベッドにしてんのか!


 と頭にはきたけど、ルージーンに言い返せるはずがない。

 その代わりに、おれの鞄の上で落ち着かなさげに、ぐるぐる回るチビスケをにらみつける。しかし当然ながら、ありふれたブラウンの瞳に、ずうずうしいチビなネコを鞄から下ろせるほどの眼力はない。

 ルージーンの瞳のような……



「ゼント?」


「はいっ!」



 ……この威力は。



「ええっと、あの袋や服は……おじさんのなんです。おれのおじさんが。去年まで、サンタやってて」







 

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