2 からくりおもちゃ店
先に玄関に着いて勝手にしゃべり出したチビスケを、その家のおばあさんが相手してくれている間に。箱の持ち主で、おばあさんの孫だというお姉さんが、街の地図を書いてくれた。
どうなることかと思ったけど、お二人のおかげでおれは無事、暖かいお店の中で、温かい紅茶までごちそうになってる。
キャロからくりおもちゃ店、か……。
すてきな店だけど、ここにあの優しいおばあさんがいないのは残念だ。
チビスケが店主のキャロさんに、棚にある品物の説明を次々とせがむので、肝心の用件が切り出せていない。
「そうだよ。中で歯車が回って、棒を押し上げると。うん、その取っ手が大事なんだ。だから僕はハンドルボックス、って呼んでる。でも正式な名前は」
オートマタ。
これも試験に出てくる。おもちゃの仕組みや名称も、必要な知識だってさ。
「あ、トナカイだーァ。これも動くのー?」
「そうだよ。12月にしか、出してないけどね」
今度は、ショーウィンドウか。
こうして奥からそっちを見ていると、大人二人が肩を並べて立つのも難しそうな狭い店では、チビスケとキャロさんの方が正しい大きさだって思ってしまう。
キャロさんに初めて会った時は正直、驚いた。
キャロさんが小人だった、ってことじゃない。それといい、この人の職業といい、絶対あの工場の出身だ。ってことがだ。
うんと遠くまで来たつもりなのに……まだ、サンタと縁が切れていないんだろうか?
「ゼントくん、おかわり来ましたよ。プディ、ありがとう」
キャロさんが、二階から下りて来たプディさんを先導する。作業台も兼ねているらしいカウンターに、プディさんがトレイを置いた。キャロさんが背のびして、中をのぞき込んでいる。
「あっ、これ……この、カップケーキ……」
どうしたんだろう? キャロさんの、この動揺。
「ごめん! これ、ルージーンのだったのね。そうだわ、こっち食べましょ。うちの店の、お得意さんからもらったの」
プディさんが、エプロンドレスのポケットから小さな紙袋を取り出した。雑貨屋さんの配達の途中で居合わせただけなのに、熱いお茶まで用意してもらって、これ以上は悪い。
「いえ。もう、お構いなく」
「いいの、いいの。どうせ、キャロは食べないから。この、クッキー」
自分の椅子によじのぼっていたキャロさんが、それを聞いて、ちょっと身を引いた。
「あ、この香り。ジンジャークッキーだ。生姜、苦手なんですか?」
って、おれがキャロさんに聞いていると、すぐ後ろの脚立のてっぺんに乗ってたチビスケが割り込んで来た。
「知ってる? なンでクッキーに、しょうがなンか入れるンでしょーか?」
なに、にやついてんだ、こいつ?
「病気の予防になる、って。昔の王様がレシピを広めたから」
「ちぇっ!」
いてっ。チビスケがおれの頭を、しっぽで、ひっぱたいた!
「また先に答え言ったー! でも、いいもン」
「お母さんが言ってたのが、本当で。だろ?」
おかわりを注いでくれていたプディさんの金髪の三つ編みが、ティーカップに飛び込んだ。
キャロさんはキャロさんで、糸みたいだった目を大きく見開いている。お、水色だ。うらやましいぐらいに瞳の色が澄んでいる。
「ゼントくん、いま、なんて言ったの?」
プディさんが三つ編みをふきんで拭き拭き、口をぱくぱくさせているキャロさんに代わって、おれに聞いた。
「いま、たしか、お母さん。って」
「言いましたけど……心当たり、あるんですか?」
この二人の驚きよう。顧客リストを見るまでもなく、チビスケの母親を知ってるとか?
「うーん……ないわけじゃないけどね……でも、ね。その……」
やけに口ごもるキャロさんが気にかかるが、ここはもっと聞き出す必要が。と思ったのは、プディさんも同じみたいだ。
「ゼントくん、詳しく聞かせてね。君たち、どこから来たの?」
「キャロさんは知ってると思うんですが……おれは今朝まで、北の国にいました。サンタの国です」
プディさんが笑顔になる。
「まあ! ゼントくんは、サンタさんなんだ!」
「いや。見習いさん……だったんだね?」
さすが、元おもちゃ工場の小人さんだな。
「そうです。採用最終試験に落ちました。それで、部屋で荷づくりしてたら」
振り返ると、チビスケが勝手に、棚に置かれたハンドルボックスの取っ手を回そうとしていた。
危ない! 絶対落すぞ、そのうちに!
「こいつが、いきなり部屋に現れたんです」
おれに両脇をつかまれたチビスケは、無言で長いしっぽをばたつかせて暴れる。そのうち、ぐたんと両足をのばして、おとなしくなった。すねたらしい。
「北の国か……行ったことないよね?」
「うん。何年も、この街を出たことないはずだもの」
キャロさんがつぶやき、プディさんがうなずく。
けど、行ったとか行かないとか、今朝おれたちがいた場所のことは問題ない。
だって。
「こいつは、サンタの袋から出て来たんです。あの、白い袋から」
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