おくりもの
1 時計塔のある街。
「おくりもの、探してたンだ」
と、そのネコは、
しゃべった……。
今日は、絶対ついてない!
落第して家に送り返されるって日に。こんな所に来るはめになるなんて!
どこかで鐘が鳴った。街の外からも見えた、あの大きな時計塔だ。
それも見えないくらいに家がひしめいている薄暗い路地裏にいると、足元から凍りつくんじゃないか、って気がしてくる。
「さっきの道から離れるんじゃなかった……あのまま進んでたら、いまごろ、カフェでも見つけて……はあーあ」
白いため息に、思わず両手を突っ込んだ。
効果なし。指先が凍えて、旅行鞄も持てないし。そのせいで鞄の細いストラップが冷えた肩に食い込んできてる。
「ゼント。さむいーーっ」
おれの足元で、寒さの原因を作ったチビスケが、能天気な声を上げた。
「なァ、さむいンだよー。ゼントのかばンに入れてくれよぉ」
チビスケは、しましまのしっぽを巻き付けるようにして、おれの足にすり寄ってくる。同じくしま模様の長細い体をがしがしと、ブーツにこすり付けた。
そうすりゃ、静電気で温まるとでも思ってんのか、こいつは。
「がまんしろ。お前が、コッチだ! って言ったんだろ。広場への近道だって……まさか、知らないんじゃないよな?」
「知らないよー。ゼントが、時計塔まで行くって言うから。見えるほうに入ったンだよ」
「あのなあっ! こういう路地はな。中に入ると、ぐるぐる曲がって……はーああ」
ネコなんか信じたおれが、バカだった。人の言葉しゃべれるからって、見た目は完全ただのネコの言うことを信じた自分が悪い。
将来がわかんなくなると、道にも迷うのかよ!
「ねえー、ゼントぉ」
「うるさい」
なんだよ、もう! 耳が冷たい通り越して痛いんだぞ。
北の国にしばらく暮らして、寒さには慣れてたつもりだけど……止まったら危ない、って予感がする……。
「ねえーってば。ボウシかぶれば? かばンに入れてんのにさあ」
塀に飛び乗って、こっちの頭の横を歩いていたチビスケが、ひすい色の瞳で、おれの真っ赤になった右耳を見てる。
「オレ、知ってるよ、あのボウシ。サンタのだよねー。だから赤白。でも赤白ボウシって名前になったら、運動会だーァ」
のんきな声でわけのわからないことを言いながら、細いレンガの塀の上を、跳ねたり歩いたり。
寒いって言ったくせに、こいつ、鼻歌も出そうじゃないかよ。
「そーうだ! ゼント、教えタげるよ。みンながサンタは赤白ってこと、知ったのはねー」
「コーラの広告が広めたから、だろ」
必ず試験に出る問題だ。忘れようがない。
「ちぇっ。でも、いいや。おかーさン言ってたの、本当なンだってわかったし」
その、お母さんは。この街にいるんだろうな?
どこから来たか、どこに住んでいるのかたずねても、チビスケは、あやふやなことしか言わない。たぶん、なんにもわからないんだろ。
それで仕方なくトナカイたちに聞いて、しゃべるネコがいる場所を教えてもらった。
それなら、この街じゃないかってことで。無理言って、ここまで送ってもらって……。
「ゼントぉ。やっぱり、かばンに入れてよー」
チビスケが塀の上で、ぴょこぴょこ跳ねた。
足が冷たいのか。そりゃそうだよな、塀の石も冷え切ってるし……いいや、さっきからの、だだのこねよう……あの袋が目的か!
「ダメだ。鞄には預かり物が入ってるんだ。空きはない」
そう、預かり物だから。おれは帽子も手袋もなしで、がまんしてる。
直行便に乗る予定だったせいで先に荷物を送ったのが、まずかったな。忘れないようにまとめておいたら、自分の手袋に厚手のコートとかも間違って入れちゃって。
そうか、ついてないのは、もっと前からか。
「あアっ!」
「うわっ! 何だよっ」
「見て見てー! あのおもちゃ! 家にも似たのがあるよ。取っ手を、ぐるぐる回すンだ。そしたら」
いまのお前みたいに、人形が跳ねたり、回ったりするんだろ。
「わかったから! 静かにしろって。近所迷惑だぞ」
「ちぇっ」と言いつつ、しっぽを振ってチビスケが見ているのは、塀の向こうの庭に面した窓。出窓に置かれた、小さな箱だ。
ビーズかな。輝くなにかで飾られた黄と白の蝶々と、アゲハ蝶の羽をした妖精の女の子が、木の箱から伸びた枝の先に乗っかってる。照明に当たって光ってるから、そこだけ春が来たみたいだ。
「よし。聞いてみようぜ、どこで買ったか? お前は後ろで静かにしてろよ」
「なンでー? おくりものは、おれが探してンだよぉー」
おれはこの家の玄関を探して、側の角を曲がった。余計なことをしでかすネコは、しゃべれてもネコなだけあって、不運続きの人間よりも遥かに足が速かった。
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