8 気の早いクリスマス
夕焼けは建物の上をわずかに照らすだけになり、外の冷え込みがますます厳しくなった。暖炉のおかげで居間は暖かく、心地良くて離れがたい。
エルノとルシアとお茶の時間を過ごすクシロは、二人の長年の友人のように、くつろいでいた。
どこからか、鐘の音がする。
時計塔の形をした置時計を、クシロは確かめた。でも鐘の音は外から聞こえてくる。
クシロの住む街でも、時計塔が鐘の音で時を知らせる。下から見上げると首が痛くなるその文字盤を間近で見ることができるのは、クシロや仲間の特権だ。
「もう、行かないと」
列車に間に合うか、ぎりぎりの時間になっていた。
クリスマス仕様の特別急行を逃すわけにはいかない。電車好きの課長命令だからだ。自分以上に遠出などできない上司のためにもと、クシロはソファーから立ち上がった。
服はすべて乾いていて、しわが付いた短冊と一緒にトランクへ収まっている。着替えも済み、クシロは白いコートを羽織る。
そでに腕を通し、荷物へと手を伸ばしたところで、エルノが、ぱんと手を叩いた。
「そうだわ。ちょっと待ってらして」
自室に向かったエルノは手に薄茶色の、大きな毛糸の靴下を持って出て来た。
「主人用に買っていたの。窓辺に吊るしてくださいね」
靴下を差し出して、祖母はルシアに振り向く。
「いいわよね? ルシア」
「もちろんよ、おばあちゃん」
少し早いクリスマスプレゼントを、クシロが大切にトランクにしまう。
三人は庭に通じるガラス戸に向かった。クシロは絵の掛かった壁の前で立ち止まると、振り返ってエルノに聞いた。
「お星さまにも。お願いしました?」
エルノは壁の、夜空と星の絵を見て、微笑んだ。
「ええ、お願いしましたわ。星の使いの、お兄さん」
エルノとルシアはクシロに付いて、暗くなった庭に出た。星の使いは二人に向き直る。
「それじゃあ、これで」
『メリークリスマス!』
重なった三人の声が、穏やかな笑い声になった。
「さようなら、お元気で!」
クシロは、地を蹴った。白いコートのすそがひるがえり、彼は、路地の狭い夜空へと飛び上がる。
空の高みに小さく白く、星のように光った、その姿を。
エルノとルシア、そして、ひと際大きく上がった暖炉の炎に輝いた蝶々と妖精が、窓辺から見送った。
『天の使い』 おしまい
次のお話は『おくりもの』です。
では、また別の日に。
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