6 クッキーとクリスマス
居間のとなり、祖母の部屋から現れたクシロに、ルシアは目を丸くした。彼女の祖父のシャツとカーディガンを着たクシロは、気まずそうに頭を下げる。
「すみません。床は、じゅうたんは濡れてませんでしたか?」
「ええ、本当に大丈夫よ。あなたの服が全部吸ってしまったから。お花も、みんな受けとめてくれて、無事でしたわ」
そう言って笑っているのはエルノだ。クシロのセーターやシャツは彼女の手ですぐに洗われ、暖炉の側に集められた椅子に干してあった。
「すぐに乾くと思います。クシロさんも、暖炉の側に座って下さい」
ルシアがクシロに暖炉の前の、一人掛けソファーを勧める。
「冷え込んできていますし、風邪をひくといけませんから」
ルシアは、出窓の外を見た。
クッキーの箱は、花瓶が元通り置かれた戸棚の中だ。奥に倒れていた電話帳を別の棚に置いたので、扉はちゃんと閉まっている。
「さあ、お茶にしましょう」
エルノがお茶を配り、ルシアがクッキーの載った皿を、クシロの前に置いた。
「冷めないうちに、どうぞ。焼きたては、作った時にしか食べられないものですからね」
エルノの勧めにクシロは会釈して、丸いクッキーを一枚、手に取った。暖かな香りが鼻をくすぐる。ジンジャーの香りだ。
「クリスマスの予行練習なのよ。クッキーマンの形の物も作っておけば良かったわね、ルシア」
「そうね、おばあちゃん」
ルシアは祖母に、よく似た笑みを返す。クシロは二人の笑顔を見つつ、クッキーを頬ばった。
抑えた甘さ。鼻に抜ける、少し懐かしい、しょうが湯に似た香り。
クシロにとってクリスマスのお菓子と言えば、いちごのケーキだ。だからこういう物を食べると、異国にいることを実感する。
「おいしいですね。温まります」
紅茶を飲もうとしていたルシアが、クシロへ顔を上げた。驚いた顔が、みるみる紅潮していく。その淡い緑の瞳に、涙が湧き上がる。
「……ルシアさん?」
クシロの呼びかけに音を立ててカップを置くと、ルシアは弾かれたように立ち上がった。「ごめんなさい」と小さな声で謝って、足早に居間を出て行く。
台所へ向かうルシアの足音が止んでから、クシロはエルノに視線を向けた。孫娘の背中を見送った祖母の横顔は、遠くを見るように表情をなくしていた。
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