3 箱の中の箱

 



 エルノの家は路地の、ずっと奥にあった。

 クシロは、小さな裏庭に面した居間に案内された。狭い路地に向いた玄関の様子からしたら広く感じる、暖炉も立派な落ち着いた部屋だ。


 部屋の角の飾り棚にあるのが時計塔を模した置時計だというのが、この街らしい。だが、まっ先にクシロの目をひいたのは、壁に掛けられた大小の絵だった。


 街の内外の風景。遊ぶ子ども、揺れる花。朝日に浮かぶ綿雲。夜空に、ぽつんと輝く星。

 きちんとした水彩画から、さっと色をのせただけのスケッチのようなものまで、たくさんの絵が飾られていた。



「主人が描いたのよ。さあ、座って。お茶をお持ちしますわね」



 エルノとルシアが出て行くと、クシロは邪魔にならないように、ソファーの後ろへトランクを置いた。すぐ側の出窓の下に目が留まる。


 そこは作り付けの戸棚になっていた。扉が片側だけ閉まっておらず、箱がひとつ、わずかにはみ出している。その青い箱のせいで扉が勝手に開いたらしい。

 クシロは何かが気になって、箱をよく見るため、中腰になった。


 青い箱を飾っているように見えた白いリボンは印刷だ。絵のリボンの部分に銀の字で、バタークッキーと記されている。

 クッキーの紙箱にしては高さもあり、かなり丈夫そうな作りで、どうやら高級な品のようだ。



「まあ。さすが、天使さんね。それに気付いて下さるなんて」



 お茶のセットが載った盆をローテーブルに置き、エルノはクシロの側へ来た。エルノが屈み、戸棚から箱を出す。意外に重そうな様子に、クシロが代わった。



「さあ、ここに」


 エルノが花瓶を隅に寄せ、空いた出窓の中央に、クシロが箱を置く。


「とても、すてきな物なのよ」



 下側にかぶせる形の蓋を、エルノが、そろそろと持ち上げた。


 箱の中から光が放たれた……ようにクシロには見えたが、それは庭からの陽射しが中の物に反射したからだった。



 黄色と白、輝く二匹の小さな蝶々ちょうちょに手を差し伸べるのは、妖精の少女。

 妖精の背中の羽は、揚羽蝶あげはちょうのそれと同じで、飛び立とうとするかのごとく、わずかに開いている。クシロが声をかけたら驚いて、本当に飛んで行ってしまいそうだ。

 二匹の蝶々も妖精も、ビーズで羽が飾られている以外は、白い木で出来ていた。どちらも土台の木の箱から伸びる、銅の小枝に支えられている。



「からくりのおもちゃよ。その、手前の。つたの飾りが付いた取っ手を回すと、羽ばたいて……とても可愛らしいの」



 話すエルノは微笑むが、それまでと変わって、弱々しく見えた。妖精と蝶たちを菓子箱に閉じ込めておくのが申し訳ないと思っているのか、笑顔はさびしげだ。

 クシロはこの、からくり仕掛けの木の箱の出来に感心し、少しためらいながらもエルノに聞いた。



「どうして、こんなにすばらしいものを飾らないのですか?」



「それを飾ると、ルシアが悲しむの。あの子の誕生日に、主人が……最後に贈った物だから」



「……最後に」







 

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