2 天の使い

 




 どうして、天使だと思われたのだろう?



 まだ、おばあさんがコートのすそを持ったままだと気付くと、勘違いされたのはこの制服のせいではないかとクシロは思った。

 なかなか仕立ての良い物だ。社からの支給品で、この旅も仕事だからといつものように着てきていたのだが、まぶしいくらいの白が確かに、天使っぽくもある。


 クシロが答えに困るのは他にも理由があった。彼の仕事は『天の使い』と呼ばれても、あながち間違いではないのだ。


 クシロが悩んでいるのを見てとると、おばあさんはコートのすそを離し、手招きをした。クシロは身をかがめる。おばあさんは、クシロの冷えた耳にささやいた。



「わたくし、見ましたよ。お兄さんが、空から降りて来るところを」



 とても穏やかな、暖かい声。ちらとこの言葉が通行人に聞こえても、いまにも降り出しそうな空模様の話題だと思うだろう。

 クシロも、おばあさんが在りもしないことを言ったとは思わなかった。



「見られてましたか……まいったな」



 言葉とは裏腹に楽しそうに答えると、身を起こしたクシロは、おばあさんの淡い緑の瞳を見つめた。



「それで、僕が天使だとしたら。何を望んでらっしゃるので?」


「家へいらして下さるかしら? お茶にご招待したいの」



 乗り掛かった船だ。クシロは足元のトランクを持ち、そのままお辞儀した。


「では、お言葉に甘えて」


 おばあさんはクシロのかしこまった仕草に、にっこり笑い、買い物客が行き交う通りへと広場を歩き出す。軽やかできびきびとしたおばあさんの歩調に合わせ、クシロも並んで歩いた。


 通りに立ち並ぶ洒落た店をながめ、クシロは歩を進めた。店先のショーウインドーにはクリスマスの華やかさが詰まっている。

 サンタの赤と雪の白、ヒイラギやモミの木の緑。ガラスに映り込む、笑顔の人々。

 この街の人がクリスマスを待つ気持ちをお茶の席で聞くことができれば、それがクシロの今日一番の成果になりそうだ。



 路地への曲がり角で、おばあさんが立ち止まって、窓をのぞく。

 クシロもその横で立ち止まった。石の壁の建物には絵筆を模した看板が路地へ向けて吊ってあり、その下の古い木のドアから若い女性が出てきた。


「おばあちゃん、探したわ! ……そちらの方は?」


「この方に……あら、ごめんなさい。お名前をうかがってませんでしたわね? 私は、エルノ。孫娘は、ルシアよ」



 クシロが名乗ると、エルノはその腕を取って、孫娘に言った。



「今年はクシロさんに。クッキーの味見をしていただきましょう」








 

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