とけゆく想い


 ──そして物語は冒頭へと戻る。



「嫌だ。君が消えてしまうくらいなら、いっそ……」


 俺は頭を振った。

 彼女が消えてしまうくらいなら、いっそ世界ごと消え去ってしまえばいいと、本気でそう思った。


 それくらい、俺は彼女に惹かれてしまった。


 そんな俺に彼女は少し寂しそうな笑顔を浮かべた。


「ダメよ。貴方は勇者なんだから。

世界が消えてしまう前に、私の呪いを解いて頂戴……」


 そう言って、彼女は自らの胸に刺さる剣を指差した。


「もう、解放されたいの……私を長年縛ってきた、この呪いから」


 だからお願いよ、と彼女は言った。


 俺はその彼女の願いを──断れなかった。


 そんなことを言われてしまえば断れるはずもなかった。


「……わかった」


 俺がそう言うと、彼女は「ありがとう」と微笑んだ。


 俺は彼女の側へ歩み寄った。


 そして、彼女の胸を突き抜け、十字架に刺さっている剣の柄を握った。



「さぁ……引き抜きなさい」


 俺はその言葉に釣られるように剣を一気に引き抜いた。


 それと同時に、十字架の呪縛から解放される彼女。

 倒れてくる彼女を俺はしっかりと抱き止めた。


 とても柔らかくて、華奢な躰だった。


「ありがとう……」


 彼女はそう言って嬉しそうに微笑んだ。


 その間にも、彼女の躰は徐々に存在感を無くしていく。

 俺は彼女が消えてしまわないように、縋るような思いで彼女の手を強く握りしめた。


「…消えないでくれ…」


 彼女はそれには何も答えなかった。


 代わりに、

「泣かないで」

と彼女は空いている手で俺の頬に触れ、俺の頬を伝う涙を拭った。


「何も悲しいことはないわ。だって、世界は救われたのだから……」

「世界が救われても、君がいなければ意味がない」

「貴方は伝説の勇者になったのよ。私なんていなくても相手は沢山いるわ」

「……君でなければ、意味がないんだよ」


 俺がそう言って彼女の躰を抱き締めようとして──空を切った。


 その事実に、彼女の存在がもう無いに等しいと知った。



 あぁ……。



 ……呪いが、解けていく……。



 段々と透けていく彼女を前に、俺はどうすることも出来なかった。


 彼女は困ったような笑顔を浮かべながら、

「そう言って貰えて嬉しいわ。でも、後を追ってこようなんて考えないで頂戴ね。貴方には、私の分まで生きて欲しいの……」

と言った。


「君のいない世界を生きろと?」

「私がいなくても生きていけるわ」

「もう、俺には君がいなければ生きていけない」

「生きていて欲しいの。私が」


 銀色の美しい瞳が俺を見据えた。


「だって、私も貴方を愛してしまったから…」


 だから、生きていて欲しいの。


 そう、彼女は消え入りそうな声で言った。


 いや、もう実際に消えてしまうのだろう。


 そんな彼女に、俺は頷いてみせた。


「俺も、愛してる……」


 彼女の姿はもう殆ど見えない。

 だけど俺はそんな彼女に泣きながら微笑みかけた。


「だから、君を泣かせないように……俺は生きるよ」


 俺がそう言うと彼女はとても嬉しそうに笑って、


 そして、


 景色に溶け込むように





     ──消えた。

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