とけゆく想い


 今、世界は緩やかに崩壊へと向かっている。


 その原因は今、目の前にいる彼女だった。



 元々魔王の娘であった彼女は、自らの父に生け贄として利用された。


「勇者の力を試してやろう」


 そう言って、彼女の胸に剣を刺して魔王は去っていった。


 そんな彼女の胸に刺さっているのは、呪いの剣。

 その剣を引き抜かなければ世界が終わるという伝説の呪いの剣だった。

 引き抜けば代わりに彼女は消える。

 そして、その剣は勇者である俺にしか抜けないらしい。


 俺はそんな伝説の剣を抜くために遥々ここまで旅をしてきた。

 時に命懸けの戦いをしながらも数々の困難を乗り越え、ここへやってきた。


 呪いを解いて世界を救ってみせる、という決意を胸に抱いて。



 しかし、彼女の前に立ったその瞬間にその決意は崩れ去った。



 古びた協会で十字架に縛られていた彼女は──とても美しかった。



 透けるほど真っ白な肌に、長くて美しい金髪。

 銀色に輝く綺麗な瞳に、真っ赤な唇……。

 窓から射し込む月の光に照らされているその姿はまるで、月の女神のようだった。


 俺がその美しさに思わず立ち尽くしていると、その美しい銀色の瞳がこちらを見た。


「よくいらっしゃいましたね。勇者様」


 彼女は俺を見た瞬間に、俺が何者なのかを見破った。


 それに対する驚きよりも先に、彼女の鈴のような凛とした美しい声に俺は息を飲んだ。


 そんな俺の様子にも構わずに彼女は続けた。


「さぞかし大変でしたでしょう。さ、早く私の剣を抜いてください」


 彼女はそんなことをさらりと言ってのけた。


「……その剣を抜けばどうなるのか分かっているのか?」


 俺の質問に、彼女はニッコリと笑って答えた。


「私は消え、世界は救われるのでしょう?」

「……それなのに、早く剣を抜けと言うのか?」

「私などの命よりも、世界の方が大切です。一刻の猶予もありません。早く引き抜いてください」


 そう言う彼女の声には、一片の曇りも無かった。

 詭弁などではなく、心の底からそう思っているのだと言うことが伝わってくる。


 ……どうやら俺は、とんでもない勘違いをしていたらしい。


 俺はてっきり、魔王の娘なのだから彼女もまた極悪非道なのだと思っていた。

 戦いになっても致し方がないと思っていた。

 しかし、彼女は迷わずに自分の命よりも世界の方が大切だと言い放った。


 俺は、そんな美しい彼女の事を──……。


「……そんなこと、出来ない」


 俺がそう言うと、彼女は不思議そうに首を傾げた。


「何故ですか?このままでは世界が滅んでしまうのですよ」

「……愛してしまったのだ、君を……」


 とても美しくて、気丈な彼女を。

 愛してしまったのだ。


「いけません」


 揺れる俺に、彼女はきっぱりと言い放った。


「私と世界、どちらを優先すべきなのか……貴方には分かるでしょう?」



「分かっている。分かっているんだ。……だけど、俺には……君を、殺せない……」


「ねぇ、お願い。

早く呪いを解いて頂戴……」

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