運命 ⑤


人間関係は些細なことで崩れる。

一度離れたら、戻すのはなかなか難しい。

遊びの誘いをする時間も勇気もないまま、優輝が隣県に引っ越してしまった。

遊びに行くなら電車で2時間。

もっと近づけなくなって、そのまま……溶けて消えてしまった。


中学生は、小学生より曖昧で揺らぎやすくて、自分が自分じゃないような……そんな年齢。

少しでも刺激されるだけで、自己が溶けて消えていく。甘い砂糖のように、溶けて消えていく。



その頃、たまたま他校からうちの学校に遊びに来ていた男子と親しくなった。

「みっち」と呼ばれていたその男子は、呼び名と反して地味な男子だった。

口下手で、あまり話さなくて、勝手にクールな人間だと思われる……そんな人だった。


ちゃんと話すまでは、私も勝手に『地味なのにきどってる奴』だと思い込んでいた。


これが、私の運命の人だとも思わずに。


「……さくらってさ、物語シリーズ好きなの?」

「ん?好きだけど……なんで?」

「戦場ヶ原ひたぎ、LINEのアイコンにしてたじゃん?」

「あ、そうだね」

「今度暇だったら…………」


そこで止まった彼の顔を見た。

それは、気取ってる男の顔でも、カッコつけてる顔でもなかった。

ただ、地味で等身大で、誘うのが苦手そうな……そんな姿に、なんだかときめいてしまった。


「今さ、物語シリーズのイベントやってるじゃん。行こうよ」

「あ……うん、今誘おうと思ってたんだよね」

「気づいてたよ、誘いづらかったんでしょ?人誘うのって、緊張するよね」


そう笑うと、照れ臭そうに顔をくしゃくしゃにして笑うみっち。

この瞬間に、あだ名で呼ばれてるのも納得がいった。可愛らしい笑顔と、素直な感じ。今まで関わったことがないタイプに、興味は加速する。


そうして距離は近づき、季節が一巡するまもなく1つ変わる頃には、私たちの関係も変わっていた。

呼び方も、さくちゃんと、春太はるた

みんながみっちと呼ぶ中、私だけは春太と呼ぶようになった。そんな私たちをニヤニヤしながら見る人たちもいたけれど、全く気にならなかった。


悪い印象から始まった出会い、ほんの少しのトキメキから生まれた恋心は、運命という名を借りて依存関係に陥っていく。


最悪でしょ?

最悪って言ってほしい。


中学三年生、堕ちるところまで堕ちていく。

堕ちていく自覚もあった。堕ちて堕ちて、堕ちた先でも春太と一緒にいられるなら、それはそれは幸せだろうと思った。


若すぎた。


「ねぇ、春太、なんで私だけのものにならないの?」

「なってるよ」

「春太の全部を私のものにしたい」

「俺も同じこと思ってる、さくちゃんが全て俺のものになればいいのに」

「もうなってるよ」

「まだ足りないよ」


堕ちてしまえ。

まともでいようとするよりも、おかしくなって春太と一緒にいられるなら、堕ちてしまった方がいいに決まってる。


「ねぇ、小学校の頃の元彼に会わないで」

「会わないよ、会いたくても会えないし」

「でもいつか会いそう」

「会わない。私には春太しかいないよ」


束縛、依存、暴言、呪縛、憎悪、愛、愛。


「ねえなんで他の女子とふたりきりで帰ってくるの!?」

「誘われたから……」

「じゃあ誘われたら浮気でもするわけ!?」

「……どうしたら許してくれる!?!?もう俺なんて死んだ方がマシだよ!!!」

「待ってよ!!」


何度も揉めた。

今となっては馬鹿馬鹿しいことでも、揉めた。

揉める度、私の左手には傷が増えた。

揉める度、彼の右手にも傷が増えた。


もう、一緒になりたかった。

早く早く早く早く早く早く結婚したい。

私だけのものにしたい。

どうしたら私から離れないでいてくれるかな。今までのみんなみたいに、溶けないでいてくれるかな。


不安で頭が狂いそう。春太が離れたら私には何も残らないのに、春太には友人がいて憎い。なんで私だけの春太じゃないの?

人生をかけて愛してくれないの?苦しんでよ、死んでよ。


私の初めてを捧げれば、一生一緒に縛れると思って、初めてを捧げた。

中学三年生、止めてくれる大人はいなかった。

頭がおかしくなっていた。キンキンに頭が冷えるようなキスをしても、燃え上がってしまうほどおかしくなっていた。


ただ、最初の笑顔に惹かれただけだったのに。

気がついたら、傷だらけだった。本当に……本当に、どうしようもなくなった。


私の左手には現在も当時の傷が残っている。

きっと、今の春太の太腿にもケロイドが残っているだろう。


死ぬくらい愛した。死ぬほど愛した。

死んでもいいとすら思えた、それくらい愛した。何度も身体を求め合って、何度もキスして、何度も泣いて、何度も笑った。


でもそれって、本当に好きだったのかな。


壊れるまで愛した私を好きだったんじゃないかな。

春太と一緒に堕ちていく私に堕ちてたんじゃないかな。


季節が一巡する頃には、新しい制服を着た高校生になっていた。


心が疲れておかしくなった2人は―――私は、ほかの人を好きになって―――関係が終わった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る