運命 ②
そんな嵐のような男子は、その日から毎日話しかけてくるようになった。
廊下でも「あ、さくらさんだ」
休み時間には鉄棒の所に来て、「さくらさん」
帰り道も「さくらさん」
今日も、校庭に出てすぐの私を捕まえては、池の方に行こうって連れ出してきた。
「……池っていうから、もっと大きいのかと思った」
「鯉が泳いでるだけ十分大きいでしょ!」
東京にいた頃のビオトープのある小学校を思い出して、うーん、と唸ってしまう。
「水希くんさ…」
「ねえ、その水希くんってのやめない?」
「え?」
「だってさぁ、俺年下だよ?水希にしてよ」
「まぁ……じゃあ、水希もさ、さん付けしなくていいよ」
「それは無理!だってさくらさん年上じゃん!」
「上っていっても1個じゃん、大丈夫だよ」
「うーん……じゃあ、特別ね」
特別。
「今日、寒いね」
「だよね?」
自分のチェック柄のパーカーを脱いで、おもむろに渡してくる。
「これ着て、明日返してくれればいいから」
「え、ちょ……申し訳ないよ」
「大丈夫!」
「いや…………」
「特別にね。 じゃ、俺呼ばれてるから!!」
特別。
―――なんだ、特別って。
空を仰ぐ。
気がついたら、サッカーを……風谷くんを見なくなってる自分がいた。
ドリブルしている水希が、風谷のゴールを……破る瞬間を期待している自分がいた。
「なんだよ……」
パーカーから水希の柔軟剤の香りがする。
案外、いい匂いでビックリした。
ただ呆然と、池から遠くのサッカーを見ていた。
チャイムが鳴ると、一斉に校舎に戻っていく人々。鯉は、人の足音で顔を出す。
……なんなんだよ。
「さくら、今日も寒いからそれ着てていいよ」
「いや、今日はちゃんとヒートテック着てきてるから大丈夫」
「そう?ならいいんだけど、寒かったらすぐ言ってよ!」
「……水希って、随分優しいね」
「そう?さくらの方が優しいけど」
どこが?
そう聞きたくなったが、聞いてしまったら落ちてしまう気がして、目を瞑った。
サッカーのドリブルの音、波の音。
色んな音が聞こえる。
「さくらはさ、優しいんだよ」
「……」
「さくらが転校してきた日、転んじゃった俺を保健室に連れて行ってくれたから」
「そんなことあったっけ?」
「あったあった」
「俺、あんまり好かれてないから、いつも誰も助けてくれないんだけど、その時はさくらが助けてくれて……めっちゃ嬉しかった!」
「……それはよかったよ」
嘘つき。
好かれてないなんて嘘つき。
好かれてない人は、サッカーに誘われない。
好かれてない人は、こんなに人に話しかけない。
好かれてない人は、こんなに優しくない。
好かれてない人は……モテない。
ほんの昨日の事だった。
水希のパーカーを借りていたら、1人の女子に呼び止められた。
「リサちゃん、どうしたの?」
「どうしたのって…いや、なんでさくらがそのパーカー着てるの?それ水希のでしょ?」
「あ……貸してくれたんだ。優しいよね、水希」
「水希は誰にでも優しいから。浮かれないでよ。」
そう、吐き捨てられた。
廊下でひとりぼっち、去っていくリサちゃんの足音を聞いて。
別に、浮かれてない。誰にでも優しい人なのもわかる。距離感バグってるし、仕方がない。わかってる、わかってる。
ああ………
気がついたら、風谷くんの事、見ない日ばっかりだ。
「俺ね、人に優しくしてもらったのはじめてだったかも」
なわけないでしょ?
「しかも、見てる漫画も一緒とか奇跡じゃん!!」
奇跡なんてない。
「俺たちさ!!最高の―――」
「あのさ、水希、ちょっと教室に用事あるから……またね」
「あ、うん、また明日ね!!」
最高の、の先なんて聞きたくなかった。
というか、そう思ってしまった自分が憎い。
惚れやすい性格じゃないはずだったのに、あんなにグイグイ来られるタイプは嫌いだったのに。
水希のこと……好きになったんだなって、自覚してしまった。
皮肉にも、風谷よりも水希を探す自分を知って……。
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