芸能人


愚かな自分へ。

例えば、6年前に戻れたなら、彼を選んで欲しい。


「名誉なんて、ゴミクズだ」


不倫女、と油性ペンで書かれた靴を見る。


「ごめん」


そう呟いて、私は一歩踏み出した。








別に、あんな陰キャな男は好みじゃなかった。

そもそも、私は一般人なんかと仲良くしていい立場じゃない。


その気持ちで生きていたら、学校での居場所が無くなった。


「地味子のくせに、孤高ぶるなよ」


「ブス」


私よりもブスな女が、『セカイ』が表紙を飾る雑誌を片手に、暴言を吐いてくる。


滑稽だった――――辛かった。


居場所がなくて、保健室に逃げ込んだだけ、だった。


平日の学校だけじゃなかった。



「コンニチワ!」


「セカイちゃんかわいいね」


「ありがとうございます!マタネ!」


取り繕わなきゃいけないアイドル業。

カイリの居場所なんて最初からなかった。


そんな私に居場所をくれたのが、カワノだった。


あの日、告白された私は、カワノじゃなくてアイドルを選んでしまった。


―――それでも。

秋葉原で街ゆく人に広告について地味だのなんだの言われても、あの憎いクラスの女子がセカイを好きでも、ダンスが下手だと言われても、笑い方が下品と言われても、それでも―――カワノが好きでいてくれるなら、頑張ろうと思えた。


カワノがテレビの向こうで見てるなら。

カワノが雑誌を見て微笑んでくれるなら。

カワノが街中で広告を見て私を思い出してくれるなら。

カワノが――――


「パパ」








死ぬほど叩かれた結婚会見は、ただ辞めるための嘘にすぎなかった。

そんな事は、週刊誌には筒抜けで、あの会見から半年後には世間にバレてた。


どんなに叩かれても、もう自由に生きられるなら、そう思ってたのに、カワノの連絡先すら知らない。

どこかで彼を待てば出会えると思ってた。

そうして、彼が言ってた 彼の自宅の最寄り駅の前で、彼を待つ毎日だった。


2日目くらいだったと思う。彼と、知らない女が仲睦まじく歩いていたのを見たのは。


彼と目が合って、彼は目を逸らしたあと、15分後に駅に戻ってきた。


「どうして……」


「どうしても何も、もうやめたから」


そう笑ってみる。

ポツポツ雨が降り出す。


「……どこか、休めるところ行こう」


かつてと違い、余裕があって自信もある彼を見て、少し辛くなった。

休めるとこなんてなくて、結局私が無理矢理ラブホテルに連れ込んでしまった。


「……会いたかった、カワノと一緒になりたくて、嘘ついてアイドルやめた」


全てをさらけだそうとおもった。


「俺も会いたかったよ、芹野さん」


この日から、私と彼の不倫関係がはじまった





不倫女と書かれた靴で飛んだ空。

次生まれ変わるときは、お日様みたいに綺麗なブロンドの髪で、もっと地味じゃない顔がいいなぁ、なぁんて。

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