一般人 ④
「元気?」
「何よ急に」
昼休み、屋上に入って1番に彼女が見える景色に安堵を感じる。
「……昨日は、ヘンナノに絡まれるきっかけになっちゃって、ゴメン」
「全然大丈夫、それより怖くなかった?」
そう言うと、芹野さんはまた泣き出しそうな顔をしたあと「怖いって言っちゃダメなんだ」なんて笑った。
「……じゃあさ、セカイ布教してもいい?」
「は?」
「俺、セカイの大ファンで……布教したい」
「はぁぁ?」
「ダメ?」
唸り声が上がる。
数秒間が空いた。
「いいよ」
「っしゃぁ、じゃあまず―――――」
この日から俺は、毎日芹野さんにセカイを布教しはじめた。1日1曲聞く。芹野さんも次第に好きになってきたのか、口ずさむようになってきた。
俺は、よく笑うようになったと思う。
芹野さんは上から目線で態度はでかいけど、俺の事をちゃんと見ていてくれて、どんどん好きになってしまう。
胸が苦しい。
最初、秋葉原で好きだと自覚した時は、このまま一緒に居られればいいってだけ思ってた。
でも今は、その口ずさんでいる柔らかい唇、ノリノリで動かす手、華奢な身体、全てに触れたくて苦しい。
……好きって、愛してるって、彼女に言われてみたい。
「……何考えてんの?いま」
「え?」
「なんか、嬉しそうで苦しそうだったから」
「んー、秘密」
「なにそれ」
甘酸っぱい気持ちと、嬉しさと苦しみと、青空の下でパンを食べながら2人で聞くセカイの『空雲』。この光景は一生頭から離れないと思う。
秋葉原にお出かけしてから1ヶ月が経って、明日からは冬休み。
冷え込んできた屋上は、なかなか厳しい寒さになっている。
…しばらく、芹野さんには会えない。
「ねえ、芹野さん」
「ん?」
「もうすぐ冬休みじゃん」
「そうだね」
「全然会えなくなるじゃん」
「うん」
「俺たち、LINE交換してなくない?」
そう言うと、すごくあからさまに困った顔をされる。
「……LINE、私交換できないの」
「あ、そうなんだ」
ニコッと笑うように顔を動かす。
ほんとは正直、めちゃくちゃ寂しい!!!
せっかく仲良くなれたのに……せっかく好きになったのに、しばらく会えないとか。
「……好き」
「へ?」
自分でもビックリしてしまうほど、好きって言葉が漏れてしまった。
焦りによるものなのか、なんなのか、全くわからない。
「俺、芹野さんが好き……もっと一緒にいたい」
そう言えばそう言うほど、彼女の顔と青空は曇っていく。
――これ、やらかしたな。
「私もカワノのこと、イイと思ってるよ」
苦しそうな顔でそう答えられる。
「でも、付き合えないよ」
「……どうして?」
「……誰にも言わないって約束して」
そう言って、彼女はおもむろに自分の綺麗な黒い髪をひっぱり、それがずるっと抜けて、網に包まれた鮮やかな青い髪が出てくる。
そしてその網も強く引っ張り、解放された青い髪を手櫛で整える。
「え、青い髪?」
「……まだわかんないの?」
彼女はそう小声で呟いた後、地味なメガネを思いっきり外した。
俺は、スポーツドリンクのCMを担当した時のセカイを思い出した。
テレビで見たそのセカイは、正直今までで1番可愛かった。
制服で、青い髪がより際だって見えた。
屋上でドリンクを飲む、ただそれだけの映像だけど、俺はそのCMでセカイを狂うほど好きになった。
「……わかった?」
「セカイ……?」
芹野 カイリ。 セカイ。
「だから、あなたとはLINE交換できないし、付き合えない」
「……なんで」
「どうせ、私の事だって、セカイに似てるから好きになったんでしょ?」
「ちがう!!!!!!!」
思わず大声を出してしまう。
「セカイに似てるなって思ったのは、魔法少女マイマイのセリフを言われた瞬間だけだった。俺はありのままの芹野さんを好きになった、それだけなんだけど」
「……でも、無理なもんは無理よ」
「……」
目の前にしたセカイは、めちゃくちゃ可愛い。
「セカイ、握手会で見るよりもめちゃくちゃ可愛い。でも……芹野さんの方が、もっと可愛いんだ」
「アンタ、良い奴だよね」
「芹野さんにだけいわれるよ」
「……アンタと付き合えたら、幸せだったんだろうな」
「なんで……」
「なんでって、私、芸能人だから。」
そう言って、彼女はウィッグを被り直す。
2分くらいかけて、『芹野 カイリ』に戻ったあと、「ごめん」とだけ言って、芹野さんは……セカイは、屋上を出た。
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