一般人 ③


あの日から、俺は毎日昼休みに保健室に行き、芹野さんを連れ出すようになった。


「アンタなんなの?」


「なにって……毎日オタクトークの相手してもらおうかなと」


「いや、アンタ友達いないわけ?」


その言葉で、教室での立ち位置を思い出す。

蔑みの目、軽蔑の言葉。


「うん、いない」


「うーわ、かわいそ」


ニヤニヤ笑う彼女、そういうとこだけは一軍女子っぽい。


「芹野さんこそ……」


「私は友達がいなくても、ファンが沢山いるから」


「ファン?」


「そっ、まぁアンタにはわかんないと思うけど」


きききっ、なんて笑う声が似合いそうな表情。


「変な奴」


思わず声に出てた。

彼女は目を丸くしたあと、ちょっと笑って、口を開いた。


「……アンタ、名前なんて言うんだっけ」


「川野」


「カワノ、アンタとならこれからも毎日話してやってもいいわよ」


「え、いいの?」


「ふん。だって保健室追い出されたら、居場所ないんだもの。」


「……居場所」


考えてみたら、俺も居場所なんてなかった。毎日便所飯生活だったし……。


「んで、今日だっけ?行くの。」


「そうだね」


「じゃ、5限サボっていこ。」


「え、それは無理」


「えー、つまんな……」


そんな他愛もない会話をしてから、俺らは放課後、魔法少女マイマイのグッズを探しに秋葉原へ行った。


ただ、総武線の車内で、秋葉原に近づけば近づくほど顔が白くなっていく彼女を見ていた。


「顔、白いけど大丈夫?」


平日でも普通に人の多い改札口前で声をかける。


「うん」


なんだか素っ気なくて、急になにかしてしまったんじゃないかと不安になる。


前を歩き始めた彼女が、黒い髪を靡かせて振り返って


「なにしてんの、いこ」


と笑う。


その瞬間、俺は彼女のことを


「うん」


好きになってしまったんだと思う。



何故かドキドキが止まらないまま、グッズショップをひたすら回ることになった。


「ねー、あの広告の子誰だろ」

「可愛いね」


そんな声がどこかから聞こえて、ビルを見上げると、高い位置に貼り付けられた巨大モニターにセカイが映っていた。


「セカイ……」


「ん?」


「あっいや、僕の好きなアイドル」


「あの子?」


芹野はセカイを指さしたあと、ちょっと嫌そうな顔をした。


「アンタ、あんま可愛くない子が好きなんだ」


「へ?」


「あのセカイって子。そんなに可愛くないのに芸能界なんて行って……大変そう」


「……セカイは可愛いよ」


俺がそう呟いた瞬間だった。


「セカイのアンチなの?」


小太りのおじさんが芹野に近づく。


「アンチじゃないです」


「じゃあなんで可愛くないって言ったんだよ」


「……行こ、川野」


手を掴まれて ぐいっと引かれ、そのまますごい速度で歩き出す。


「待てよ!」


なんか叫んでるけど、とにかく人混みの中を潜り抜け、逃げる。


「せ、芹野さん、大丈夫?」


「……帰りたい」


「うん、帰ろう」


芹野さんの向かう方向は駅。

声が少しだけ苦しそうで、横顔を見たら、涙が流れていた。

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