一般人 ②

あれから数日。

あこ出血は、倒れた時の衝撃でできた軽い傷が、頭を下げたことにより、皮膚が引っ張られて開いてしまった………というだけだった。


そして今俺は、あの日汚したシーツを洗って返すために保健室に入ろうとしている。


……が、入る勇気がない。

こないだの、あのThe・陽キャ女子みたいな声の主がいたら……


そう考えるとめちゃくちゃ怖くなってくる。


「いっ……行かなきゃ」


そうつぶやいて、胸を軽く叩いて、前を向いて……扉を開けてみる。


「うわ、アンタ」


開けた瞬間に目の前の椅子に座ってる、例の声の持ち主。


「こ、こないだの方ですか…?」


「……そうだけど?」


思ってた見た目と違いすぎる。

黒髪は認識できていたけど、きっと巻き髪で、ばっちりメイクをしてるかと思っていたが……


「……なにジロジロ見てんのよ」


目が隠れるくらいの長さに重ための前髪と、切りっぱなしのロング。それからメガネで……正直、コッチよりの人にしか見えない。


「あっ、なっ、なんでもないですっ」


「あ、そ。あんまりジロジロ見ない方がいいわよ。嫌われちゃうから」


「……はい」


しばらく沈黙が流れる。

陰キャよりな見た目に反して、膝と腕を組んで態度がでかい彼女。


「こないだは……あの、ありがとうございました……」


「…ったく、びっくりしたわよ」


「す、すいません……」


とりあえず、保健室に先生が居ないのを確認して、少しだけ先生を待つことにする。


「……アンタ、それ」


「ん?」


「そのキーホルダー」


「あっ……」


「魔法少女マイマイの。」


そう言われて、ぱっと見る。

うわ、俺…外し忘れてたのか。


「マイマイ……知ってるんですか?」


「知ってるわよ、有名でしょ?見た目のとおり、私アニメにはそれなりに詳しいのよ」


「……そうなんですね」


「見た目はそうでもないですよ、とか言いなさいよ!!!!」


「す、すみません」


「すーぐ謝る。マイマイも言ってなかった?すぐ謝っちゃダメだよっ!って」


『すぐ謝っちゃダメだよ』の声でビックリする。

この人、聞けば聞くほど声がセカイの声そっくりすぎる。


魔法少女マイマイは、アイドルであるセカイが初めて声優としての仕事をしたアニメだ。

主人公のマイマイの声を担当してるが、魔法少女マイマイ自体があまり売れなかった為、セカイもマイマイではそんなに売れなかった。



彼女の顔をよく見る。

……が、とてもじゃないけどセカイには見えない。


「名前、なんて言うんですか」


「……芹野 カイリ。」


「芹野さん、今度マイマイのイベント行きませんか。」


「はぁ!?」


「あっ……いきなりすぎますよね、すみません」


「……なんで私なのよ」


「だって……魔法少女マイマイって、めっちゃすべったんですよ。全然売れなかったし、周りに知ってる人なんていなかったのに……芹野さん、知ってたから。」


そう言うと、何故か少し不機嫌そうな顔をした。

あ、これ絶対無理なやつだ、なんて…自分の発言を少し後悔する。


「……いつ?」


「!!!」


意外すぎる返事に、ちょっとだけ胸が高鳴る。


「今週末とかどうですか?」


「週末はし……ンッ、忙しいの。放課後にして」


「じゃあ来週の水曜は?」


「ん、いいわよ」


ふんっ、て顔をしながら、手帳に書き込む様子。


ちょっとだけ安心していると、扉が勢いよく開く。


「芹野!!またいる!!クラス戻りなさい!!」


保健の先生がかなり怒った様子で入ってくる。


「……やだ。」


「…給食だけは食べていきなさいよ、お金払ってるんでしょ?」


「はぁい」


やる気なさそうに保健室を出ていく芹野さん。


「芹野さんっていつも保健室にいるんですか」


「なに?川野くん、友達になったの?」


「いや……友達、ではないかも」


「…仲良くしてあげてね、彼女、色々あるみたいだから。」


「色々……」


「で、なんの用?」


「あっ、こないだのシーツを洗わせていただこうかと……」


「もう洗ったから必要ないよ。アンタも帰った帰った!」


「うわっ、あっ、失礼しました」


半ば無理やり保健室から追い出された。


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