愛憎①
絶対に叶わなかったはずの片思いが実った瞬間というのは、人生でいちばん忘れられない瞬間になる。
「しょーちゃんって、呼ばないで」
俺からお願いしたことだった。
「うん、いいよ」
目の奥が笑っていない彼女の笑みは、頭がおかしくなるほどに不安にさせてくる。
最初は、ただ顔が見られればそれで良いだけだった。
そのうち、触れたい、愛されたい、付き合いたい………彼女のその目の奥が本当に笑う瞬間を見たい。
俺はどんどん欲張りになっていき、それと同じように、彼女の目の奥はどんどん曇っていく。
「翔太ってさ、つまんない男だよね」
そう言われたのは、彼女が喜んでくれると思って予約した人気レストランの中でだった。
それも、1番高い料理を彼女が1口食べた後に。
「……そう?」
愛想笑いをしてみる。
上手く笑えてる自信は、1ミリもない。
そしてその帰りに言われた言葉は、「私、マジで翔太のこと、オモチャとしてしか見てなかったみたい」だった。
歯に挟まったハンバーグの欠片が痛かった。
「翔太ってさ〜、恋愛経験ないっしょ」
「…なんで?」
「いや…ちがうな……」
「……何の話?」
「恋愛経験ないってより、人に興味…ないよね。ハハッ」
周りから「イイ感じだ」と言われた女性からの言葉だった。
「……」
バカでかいイチョウ通りの北側――何も反論できないまま、俺はその場を去った。
そのままイチョウ通りを突き進んでいく。
帰路とは真逆。でも、あの女性とはもう一緒にはいたくなかった。
核心をつかれるって、こんなに痛いものなのか。
「捨てられた瞬間から……もう人が嫌いなんだよ……」
小声で呟いてみる。
夕暮れ時、もう帰るよなんて笑う親子で溢れるイチョウ通りは、こんな俺がいていい場所じゃない。
途方に暮れて、目に付いたベンチに座ったところだった。
「あの…………」
また違う女性に話しかけられ、顔を見る。
「あ……あの時の……」
「あ、覚えててくれたみたいで良かった…あの時の、です。」
あの時とは違って、ニコニコと余裕のある顔をしている女性。
「……大丈夫ですか、色々」
「大丈夫…に、見えます?」
「見えないです、どうせ鈴木さんに捨てられたんでしょ?」
捨てられた、その単語に物凄く腹が立って反論しようとする。
口を開くが、言葉は何一つ出てこない。
「……そういう人です、あの人は。」
どこか悲しげな表情が、全てを物語っている。
「……何してんすかね、いま」
「人が変わったように生きてますよ、楽しそうに………私は、あなたと違って……ずっと横で見てるので」
「羨ましいです、俺は隣にいることすら許されないので」
「あぁ…でも何一ついい事ないですよ、私はあの子のこと…もう大っ嫌いなので。」
そう言って、微笑む女性。
目の奥は、当たり前だが笑っていない。
「…では、幸せになってくださいね」
そう言って、背中を向ける女性。
あの時、ライバルとなったはずのあの人も、同じように苦しんで囚われているのか……そんなことを思いつつ、結局今も傍にいることに妬みを感じる自分もいる。
……負けたんだ、俺は。
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