明瞭

「俺たちの関係ってさ、曖昧だよね」


バーのカクテルを見ながら、今朝聞いた言葉が頭に流れてきた。


「アサちゃん、何考えてるの?」


腰に手が回される。

気持ち悪いなぁなんて思いつつ、愛想笑い、愛想笑い……。


「仕事のこと、考えてたよ〜」


「え、アサちゃんがお仕事のこと考えてたの!?」


「え、うん。」


バーの雰囲気に合わないほど、ゲラゲラと大声で笑い、「あーおっかしー」なんて言う。


「……アサは、もう社会人だよ」


「そっかー、アサちゃんも大人なんだね〜」


腰に触れている手が、上下に動きだす。


「アサ、お触り厳禁だから」


ニコッと笑ってそう伝えると、あからさまに不機嫌な顔になる。


「……俺、今日は帰るわ〜」


「うん、アサももう帰る」


ニコニコ、ニコニコ。


「ま、アサちゃんは財布出さないよな」


愛想笑い、愛想笑い。


「はぁ……」


愛想笑い……。






バーから出て、男と別れる。

――もうあの人は、用済みかな。

なんて思ってしまう自分に嫌気が差して、とりあえず暇だな〜なんて思考に変えてみる。


慣れた手つきで選ぶ電話番号。


「あ、もしもし?アメ?」


『……アメだけど、どしたの』


絶対寝てただろ、なんて言いたくなる声。


「ハハッ、起こしちゃった?ごめん!」


『いや…起きてた』


嘘つき。


「あのさー、今から飲み行かない?」


『え、今から?』


「うん!」


3秒間の沈黙。


『はー……わかった。最寄りのカフェで待ってて』


「やったぁ!」


愛想笑いじゃない、笑顔が出てしまう。


プツッと電話が切れて、寂しい夜道に戻る。

10月中旬の夜更けの気温は、なかなか冷える。


別れた男女が、また、夜会っては、きっと同じ布団に入るのだろう。


私はそういう人間だから仕方ない。


「俺たちの関係性ってさ、曖昧だよね」


また頭に流れてくる。


「曖昧……」


曖昧じゃないよ。

でも、曖昧だからいいんだよ。

曖昧じゃない関係なんてつまんないじゃん?

曖昧だって思ってる方がよっぽど楽しいよ。


……ま、少し考えるだけでこれは明瞭になるんだけどさ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る