兄の彼女 ②


会えなくなった理由は単純だった。

俺が優太の気持ちより、自分の気持ちを優先した。

優太よりも、はなちゃんをとったからだ。


とったっていっても、略奪愛とかじゃない。

優太にどんなに嫌と言われても、手を繋ぐのをやめなかった。

たったそれだけだ。

いや、そのの事が優太にはとんでもなく憎くて仕方なかったのかもしれない。



――でもさ、俺は優太に嫉妬してないよ?


そんな疑問が心に浮かぶも、俺は俺、優太は優太だと真理が浮かんでしまい、納得してしまう。


そんなこんなで、小5から小6にかけての、俺の淡くて最低な恋は終わった。


優しくて、自分より大人だけど、どこか子供っぽくて――そんな大人と子供の間を行き来する、はなちゃんという存在が珍しくて好きになったのかもしれない。


クラスの女子は子供っぽくて嫌いだ。

でも、大人は好きにはなれない。

そんな俺の、ちょうどいい存在、それがはなちゃんだったんだろう。









冷え込んできた、秋口のとある日。

散りゆく翡翠、染まりゆく紅。

黄金に輝く銀杏いちょう並木の公園の下。


「あれ?しょーちゃん?」


ふわっと吹いた風、銀杏の香りですらも、眩くとうといものに変えてしまう彼女。


「はなちゃん……?」


1年半越しの彼女は、凄く……物凄く。


「しょーちゃん、久しぶりだね」


色気と……可愛さと、うつくしさが、


「……おいで?」


立ち込めて、なんかもう、吐きそうなくらい、耐えられないくらい。


その広げられた胸に、


「はなちゃん……」


俺は、飛び込むことが、


「……久しぶりだね」


――できなかった。





「やっぱり、中学生になったら、恥ずかしーもんね」


えへへ、と笑いながらごめんねと微かにつぶやくはなちゃん。


「いや、謝らないで、そういうつもりじゃないから―――」


じゃあ、と言ったはなちゃんは、手を差し出した。


「右手冷えちゃったから、繋ご?」


ニコニコと笑うはなちゃん。

俺は、頷くしかなかった。


はなちゃんの右手、俺の左手。

気がついたら、俺の方が少し手が大きくて、

身長も俺の方が高くなってて、


「ん?」


上から見下ろすはなちゃんはまた、

2年前に見上げていたはなちゃんよりも

数倍可愛くて――見蕩れてしまう。


「わ、私顔に何かついてるかな?」


困り顔も可愛い。可愛くて――。

そのふっくらした唇から、目が離せない。


無意識に、自分の唇を近づけようと……してしまいかけて、俺は直ぐにそっぽを向いた。


「何も、ついてないよ。」


はなちゃんの顔は見れなかった。


いまどんな顔してるんだろう。


俺は、いまどんな顔してるんだろう。


公園内だから、当たり前のように子供や犬の散歩をしてる人たちなど、人通りが沢山ある。


その人たちからは、俺たちはどう見えてるんだろう。


「今日はどうしてここ歩いてたの?」


気がついたら少し沈黙が続いていた。

それを、自然に破ってくれたはなちゃんの顔を、見る勇気はもうなかった。


「ん、友達と遊んだ帰りで……」


散って踏まれてぐちゃぐちゃになったイチョウが目に入る。


「そっかあ〜〜」


ほわぁっとしたような返事。暖かい声。

その肯定が俺を包み込んでくれるように感じてしまうんだ。罪だ、その声は。罪なんだ。


しばらくすると、はなちゃんは立ち止まって

俺の前にしゃがみ込んだ。


「どーして、そんなに下ばっか向いてるのよ〜」


そう言いながら、はなちゃんの柔らかい両手で俺のほっぺが包み込まれる。


「なんか悲しいことでもあった?」


心配そうな顔。それすら、見たくなかった。

俺は、俺じゃなくなりそうだった。


「むー、どーしちゃったのー」


ほっぺを触りまくるはなちゃん、可愛い上目遣い、香る香水の香り、理性が効かなくなっていく感覚。


俺は、はなちゃんをそのまま、抱きしめるしか無かった。


「好き」


そうとだけ言った、秋。


後のことは、考えられない。

君しか、考えられない。

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