花火と嘘②

「…お待たせ。」


「別に待ってないよ」


また冷たく言い放つが、今度は軽く表情を曇らせるくらいで、一瞬にして元の顔に戻った。


「お酒、飲んだことある?」


なんだよいきなり。

俺がお酒を飲む人が嫌いなの、知ってるくせに。


「無いけど。」


「ビールと梅酒、買ったから。どっちか飲んで。」


俺が梅酒の香りが好きなのをわかっていて、

敢えて聞く事にすら少し腹が立ってしまう。


「じゃあ梅酒で。」


「あっち着いたら渡すね。」


「ていうか、お酒嫌いなんじゃなかったの?」


わざわざ聞かなくてももうわかってる。

こいつがずっと俺に隠してきたこと。


お酒が本当は好きなのに、

我慢して飲まないで。

その癖して、俺に飲み会だって嘘ついて1人でバー行ったりしちゃってさ。


俺はお酒を飲む人が嫌い。

だからといってお前を嫌いになるわけじゃないのにな。


「…なんとなく、飲みたくなったからさ。」


嘘ついてる時のくせ、手を首に回すその癖。

よく今までバレてないと思ったな。


結局、最後まで俺は嘘をつかれ続けるんだ。




花火大会の開催地に近づくにつれ、

人の数も増え、大通りに出ると

屋台が目に付くようになった。


「お、屋台あるけど。」



「今は寄らなくていいよ。帰り、寄りたい。」



「わたあめ、りんご飴、チョコバナナ…全部俺の嫌いなのしかないな。」


また、敢えて聞いていく。



「そういえば…そうだったね。」



「お前だって嫌いじゃん。」


本当は、好きな癖に。

特にわたあめが1番好きなんじゃないのか。


俺がわたあめ嫌いだから自分も嫌いなフリしてるのか。


そんな事より、ほかの努力をしてくれればよかったのにな。





「花火、ここら辺でも見えるよな。」


もうここら辺でいいだろ。

なんて思い、いつもより見えづらいけれど

帰り道に1番近い場所を選ぶ。


が、腑に落ちないかのような不満気な表情を浮かべられると、少し腹が立つ。


お前だって、早く帰りたいだろ。


「なにか不満ある?」


「ないよ。」


不満気な表情は一切変えないどころか、

豪快に座り込んだ俺に

軽蔑の眼差しに近い視線を浴びせてくる。



「…ん?」


しばらくすると、ポツポツと雨が降ってきる。



「げ…これ中止になるやつじゃない?」



「まさか…そんなわけないだろ。」



数分したら止むだろう、なんて思っていた雨は

止む素振りを見せずに振り続ける。

それどころか、どんどん雨足が強くなっていき

まるで台風の日の豪雨のごとく、

強い雨がブルーシートに打ち付ける。





「本日の花火大会は荒天の為、中止と致します。」




無慈悲なアナウンスが、雨の音に紛れながらも流れてくる。


何度も、何度も繰り返される。


最後の花火を見ることすら、

神様は許してくれないみたいだった。


横目でちらっとあいつを見るが、

顔に流れてる雫は間違いなく雨ではなかった。

そして、それは俺もきっと同じだった。



本当は俺、そこまでお前の事嫌いじゃないんだ。

ただもう少し俺を理解してくれれば。

もう少し、努力してくれれば。


もう少し、俺が柔軟的な考え方ができたら。



昔のお前は大好きだよ、今も。

ただ、昔のお前はもう居ない。

あの笑顔は、見せてもらえないんだ。


あの花火大会の、あの笑顔に。

花火に、笑顔に、魅せられたのに。



何分経ったかわからない。

が、俺の心が落ち着いた頃に。


「行くか。」


と腰を上げた。







びしょびしょに濡れた髪が不快。

コンビニのゴミ箱に無惨に捨てられたレジャーシートが、まるで俺の心のようだと感じた。

夏の暑い風は跡形もなく、寒く感じる。

屋台に寄るはずが、大半の店が雨で店じまいをしてしまっていた。


そんな中、1件だけ。

わたあめ屋が、輝くように。

閉まりかけの姿が目に入ったんだ。


「わたあめ、買ってやるよ」


少しだけ、最後くらい甘くしてやろう。


「……え?」


「すいません、このわたあめだけ買うことってできませんか」


後ろを振り返ると、

泣きそうな表情を浮べるあいつ。


かわいげのない顔。




「はい、わたあめ。」


絶対に文句をつけられるような、雑な渡し方をするが


「……ありがとう。」


そんな事も気にせず嬉しさを噛み締めるように、1口分を手に取って口にほおりこむお前を見て……好きだと思ったら、別れるのを保留にしようと思っていたんだ。


「美味しい」


小さくつぶやくお前をみて、俺はただただ。


「あのさ、す…………」


「俺たち、もう終わりにしよう」



好きとか、そういう感情は浮かばなかった。


手からすり抜けていくわたあめは、

足元の水たまりにスっと消えていった。


まるで俺たちのようだ、と思ったと同時に。


勿体ないな。

そう思った。







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