わたあめと花火②


「…お待たせ。」


「別に待ってないよ。」


「お酒、飲んだことある?」


「無いけど。」


「ビールと梅酒、買ったから。どっちか飲んで。」


「じゃあ梅酒で。」


「あっち着いたら渡すね」


「ていうか、お酒嫌いなんじゃなかったの?」


「…なんとなく、飲みたくなったからさ。」




ねえ。

私、実はお酒大好きなんだ。

お酒を飲む人は嫌いだって、君が言うから。



「お、屋台あるけど。」


「今は寄らなくていいよ。帰りに寄りたい。」


「わたあめ、りんご飴、チョコバナナ…全部俺の嫌いなのしかないな。」


「そういえば…そうだったね。」


「お前だって嫌いじゃん。」



私ね、

わたあめもりんご飴もチョコバナナも

すごく大好きなんだよ。


15歳の夏、わたあめを食べる人を見て

とんでもなく冷めた目をした君を見て。


私は好きな物を隠したんだ。







「花火、ここら辺でも見えるよな。」


もうここら辺でいいだろ、という本音が聞こえてくる。


「なにか不満ある?」


前、私がここを指定したら「もっと奥行きたい」ってはしゃいだのは君なのに。


「ないよ。」


君はさっとブルーシートを広げ、豪快乱雑に座り込んだ。


「…ん?」


ポツポツと、雨が降ってくる。


「…これ中止になるやつじゃない?」


「まさか…そんなわけないだろ。」


数分したら止むと思っていた雨が、

時が経つことに強さを増していく。


次第にまるでゲリラ豪雨のごとく、

強い雨がブルーシートに打ち付ける。




「本日の花火大会は荒天の為、中止と致します。」




アナウンスが私の脳内にずっと響いて、止まらない。



君との最後の花火を、魅せて欲しかった。


君とまたこの花火を見る事で、昔に戻れると思った。



強くなっていく雨に打たれながら、私たちは何も話さなかった。


「行くか。」


「うん。」


ふと、君の顔を見た。

顔に流れてるものは、涙なのか雨なのか。

わからなかった。


そして多分それは、私も同じだろう。





びちゃびちゃになった下駄が少し気持ち悪い。


コンビニのゴミ箱は、

濡れて持ち帰りづらくなったからか捨てられたレジャーシートに溢れていた。


飲めなかったお酒は、帰って1人で飲めばいい。


少し暑かった気温が、今では寒くなってしまった。


濡れた浴衣が私から体温を奪っていく。



屋台通りに辿り着くも、ほぼ全ての屋台が閉まっていた。



唯一、閉まりかけのわたあめ屋を見つけたけれど――――――君が嫌いなわたあめを買う勇気なんてなかった。


「わたあめ、買ってやるよ」


「……え?」


「すいません、このわたあめだけ買うことってできませんか」



自分の嫌いなわたあめを、自分でお金を出して―――。


最後に君は何をしたいのか、私には全くわからない。


「はい、わたあめ。」


「……ありがとう。」


私は一口手にとって、美味しい、と小さく呟いた。


「あのさ、す…………」

「俺たち、もう終わりにしよう」




少し期待した私の心を刺す言葉の矢は、

私の全身の力を奪って。


手から離れていった、君の心とわたあめは

水溜まりの中にすっと消えていった。


言えなかった、「すきだよ」という言葉と共に。

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