転換
(あっ…!)
何かを思う間もなく、班長の身体が仰向けに倒れる。鉄製だが安物の薄い
突き刺さっている矢は、先ほどからラハナー達を散々に悩ました粗末な矢ではなく、精巧に加工されていた。
(狙撃弓兵…やつらが後方で待機しているのか…?!)
折角開いた突破口、諦める訳にはいかない。別の歩兵が盾を掲げながら怯むことなく突っ込む。その後を歩兵が二名、更にその後ろをラハナーが追いかけた。
「ぐっ…!」
盾を掲げていた先頭の兵から、奇妙なうめき声が発せられると、そのまま勢いよくすっ転んだ。彼の盾に一本、腰に一本、太腿に一本の矢が突き刺さっていた。
(嘘だろ?…三本も? オークの狙撃弓兵はいったい何人いるんだ?)
ラハナーは改めてオーク狙撃弓兵の実力に恐れの念を抱いた。そして当然、こうも思った。
(このまま進むべきか?引くべきなのか?)
前を進んでいた兵達も瞬間的に同じような事を思ったらしい。仲間が倒された驚きと『このまま行くべきか…』そう言った逡巡から棒立ちになった。そう、うかつにも棒立ちになってしまった。
「伏せろっ!」ラハナーは腹ばいになりながら叫ぶ。
間に合わなかった。二人は続けざまに糸の切れた人形のようにクナクナと崩れ落ちた。そして、ラハナーの頭上にも矢が通過し、後ろで伏せようとしていた仲間の頭を撃ち抜く。
「ダメだ!突破は無理だ!下がれっ!下がれっ!」ラハナーは喚き、腹ばいのまま手足をムカデのように動かしながら、必死で後ろに下がる。
唯一の希望と思われた、包囲網突破作戦はあっけなく失敗した。これが分隊長レベルが作戦を立て、広い範囲を一気に集中して攻め立て、大きな突破口を開いていたら、狙撃弓兵の弓撃ぐらいでは勢いは止まらなかっただろう。
だが、戦闘が長引き膠着するにつれて、指揮官達の心には再び”焦り”が生じていた。その焦りが近視眼的な『眼前の敵を排除する』という単純な事実に固執してしまい、落ち着いた戦術を練ることが出来なかった。
だから、ラハナーの所属する四班の班長の、命を賭けた機転を利かせた作戦も、思い付きのままで終わり、狙撃弓兵の恐怖感だけが討伐隊を覆い、指揮官含め誰もが『逆包囲』という逆転のチャンスのある戦術を放棄してしまった。
兵士の塊に逃げ込んだラハナーは、脈打つ心臓をキルティングアーマーの上から手のひらで押さえつけ、動揺を抑えようとした。息を深く吸う。それでも息と心臓の乱れはなかなか回復しなかった。
(くっそ…分断面は押されているのか?戦いの音が近づいている。オーベリソンとロダルテの分隊は何やってるんだ?合流するんじゃなかったのか?騎士殿は…?騎士団は分断面のオークに苦戦しているのか?)
ラハナーは左手を胸に当てながら(それでも右手にハンマーピックをしっかりと握りしめていた。ハンマーピックには本日唯一の功績である、オークを殴殺した時の血がベッタリと付着していた)、様子を探るために辺りをそっと見廻した。
(あ…あれ?)
隘路の出口付近…正確に言うと最初に討伐隊が侵入した、その時は入り口。そこの部分に立ち塞がっているはずのオークの数が妙に少ない。
(オークも損害を受けて数が減っているのか…?)
ラハナーは、妙に落ち着きを取り戻すと、更に他の兵のの頭や肩の隙間から様子を伺う。
(…違う…他の場所は薄いながらも、それなりの密度で戦線を構築している…もしかして…)
ラハナーの脳内で色々な思考が瞬間的に浮かぶ。
(…罠…か?あの隙間から逃げようとしたら、別の戦力が襲ってくるのか?…いやいや、噂によるとオークの戦力は俺達よりもかなり少ないはず。もう全戦力を使って攻め立てているはずだ。有り得ない…)
兵の群れに紛れ、いったんは命が長らえたラハナーは更に考える。
(こちらの逆包囲作戦は失敗した。こちらはもう、”ブルって”しまって戦線突破は仕掛けてこないって読んでるのか…だから戦力を分けて、別の部分を分厚くしている…これなら分かる…だが、あの場所は俺達が逃げ出すのに最適な場所だぞ…)
ラハナーはそこまで考えてハッとした。
(逃げるのに最適な場所…もしかして…わざと逃がす為に…?)
オーク達は、分断した後半分を全滅させたいだろう。だが、全滅させるには全く無傷では済まない。そしてこちらを全滅させた後は、討伐隊の残り前半分と闘い勝利しないといけない。
(前半分には強力な重装歩兵隊がいる。騎士団も全員がこっちに来たわけでは無いだろう。オークどもにとってはまだ戦力は温存しておきたいはずだ…今日のオークどもはいつもと違う。何か色々考えているっぽい…谷を抜ける…俺たちにとって”逃げ道”の防御を薄くしているのは意図がある…そう)
ラハナーは一回深く息をした。
(そう…わざと逃がすため、だ。そして恐らく、逃げた俺たちを追いかけてはこないはずだ。たぶん見逃す。そして分断面で前半分と闘っている隊と合流するはずだ)
ラハナーはここまで考えると、落ち着いていた心臓が再び高鳴り始めた。
(どうする…?俺の考えは間違ってないはずだ。うまくすれば無事に、この谷から逃げ出すことが出来る…出来るはずだ…だが、戦っている仲間を見捨てる事になる…)
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