戦線突破

 後方に分断された第二歩兵総隊を主体とした部隊は、本隊と合流すべく奮戦した。オークの数はこちらより少ない。だが谷底と言う狭い隘路あいろに押し込められている討伐隊は、その兵力の差を生かしきれなかった。

 

 討伐隊はオークに対して包囲殲滅という手段を取れず、人間対オークの一対一の戦いが続いた。それでも、オークにとっては次から次へと人間達が攻撃を仕掛けてくるので辛いはずだった。だが、奴らの肉体と精神力は常軌を逸していた。全く疲れを知らず襲い掛かる討伐隊を次々と倒していく。

 

 隊に復帰した時、ラハナーは班長に『オークの体当たりで身体を痛めた』と勘違いされ、戦いの前面ではなく集団の中で待機するように命ぜられた。

 

 戦意に満ち溢れていたラハナーは「班長殿。大丈夫です!戦えます!」と反駁はんばくした。だが、班長は首を縦に振らなかった。その班長の反応に、ラハナーは怒りすら覚えたくらいだった。

 

 …だが、今は違う。今は。

 

 オークの凄まじい攻撃は止まない。オークにとっても討伐隊にとっても、ここが正念場なのは間違いない。戦闘に参加している人間も、オークもそれには気が付いていた。お互い引けない状態。だからこその激戦。

 

 ただ、奇襲に成功し、勢いで勝り、討伐隊の士気を挫くのに成功し、地形的有利を生かして兵力の差を潰したオーク側の方が少しだけ””が良かった。

 討伐隊は騎士団を救援に送り、別れた討伐隊の両端は合流しようと必死に戦っている。反撃直後は討伐隊側がオークを押し返すかに見えたが、次第に戦いは膠着状態に陥り、気が付けば討伐隊が押され始めていた。

 

 騎士団が救援しに来た時に感じた高揚した戦意は、ラハナーの心の中から既に消え去っていた。眼前に繰り広げられる戦いは、『戦い』では無く、人間がオークに順番に殺される様相を呈していたからだ。

 

 (俺達はまるで殺される順番を待つ、屠殺場とさつじょうの豚だ。オークを豚呼ばわりしていたが、どっちが豚か分からねぇ…俺は順番が来たらオークを対峙して、そのままぶち殺されるのか? 嫌だ…そんなの勘弁だ…)

 

 そう思いながら、ラハナーはそっと隣にいる班長を見る。班長は、相変わらず怒りに満ちた表情だ。そして血走った眼で苦戦しているこの状況を観察している。

 

 ふいに班長は、ラハナーとそばにいた兵達を見廻すと押し殺した声で新たな命令をを口走った。

 

 「これから、オークの包囲網を力づくで突破する。その後、オークを後方から逆包囲して奴らを叩く。今度は俺らの番だ。豚どもの包囲網を寸断して包囲殲滅してやる。包囲を突破した先は、足場が斜面になっているから気を付けろ。脚を取られるなよ。四班の生き残り全員で仕掛ける。ラハナー…お前も付いて来い…行くぞっ!」

 

 班長は口早に命令を伝えると剣を握り直した。そして、前方にいる味方の肩を後ろから叩いて、道を開けさせると自ら先頭に立ってオークに向かって突っ込んでいった。

 

 無謀な作戦だ。だがラハナーも勢いにつられて班長の後を追う。他の四班の班員たちもヤケクソのように追従する。どちらにしても、このままだと死ぬのを待つだけだ。遅いか早いかの差だろう。(どうせ死ぬなら、状況を変えられる方に賭けたい)ラハナー含め、皆が同じ気持ちだった。

 

 班長は隊を押し分けると、そのまま最前列に飛び出した。一瞬スキを突かれ、たじろぐ眼前のオーク。班長はその機を逃さず一気に剣を前方に突き出した。

 みぞおちを串刺しにされ痙攣するオーク。後から支援のために飛び出したラハナー達は、突破口を確保するため、倒れたオークの両脇に居る豚どもに向かって攻撃を仕掛ける。

 

 突然戦線を破ってきたラハナー達を見て焦るオーク。一人の兵士が右側に斬りかかるのを見て、ラハナーは左側を狙う。不細工な顔面をラハナーは、ハンマーピックで思いっきり横ざまから振り抜く。凄まじいまでの手ごたえと共にオークはその場に崩れ落ちた。奴らの後ろには待機している者は居なかった。

 

 (よし…やはりオークの戦線は薄い。第二列なんて無いんだ…このまま突破口を維持すれば…)

 

 「よし!お前らよくやった!逆包囲だ!奴らの後ろに廻る!」

 

 班長がこちらに首だけ曲げて叫ぶと、前方に向き直り、一歩、大股に踏み出した。その時、崖上から何かが飛んできたように見えた。

 

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