ラハナー

 (♪『一体どうしてこうなった。どうしてどうしてこうなった』)

 

 第二歩兵総隊に所属する討伐隊歩兵ラハナーは、思わず心の中で幼少時に歌っていた童謡の歌詞を呟いた。

 今日が「最後の戦い」。ラハナーは、自分が所属する分隊のリーダー、コルバソフ分隊長からそう聞いていた。今日、オークの居住区に突入し、奴らを絶滅させる。お宝(不潔な豚どもの居住地にそんなもんがあるか知らないが)を物色して、意気揚々と城へ戻る。

 

 ラハナーは、自分の想像がどうやら崩壊しつつあると言う事を認識し始めていた。中央で分断された討伐隊。その断面では激しい戦いの音が鳴り響いている。

 ラハナーは隊列の後尾付近で待機していた。谷底に行軍していた討伐隊。両翼は斜面になっている。指揮官がいれば隊をうまく展開し、オークどもを逆包囲することが出来るだろうが、そうもうまくは行かなかった。指揮系統は既に滅茶苦茶になっていて、効果的な陣形形成を指示する指揮官も、攻撃目標を的確に指示する分隊長もいなかったのだ。

 

 

 少し前…隊が分断される直前の事だった。第二歩兵総隊へ「前衛部隊の突撃のために部隊を前面に押し上げろ」という命令が来た。

 

 第二歩兵総隊隊長のメランダーが命令を受け取り、「前進」の命令を下す。ラハナー含め周りの歩兵達は、後方に迫るオークを警戒しながら前進を開始した。

 

 ところが混乱が起きた。前方から下がってくる歩兵が多数いるのだ。ラハナーが所属する班の班長が下がってくる歩兵に向かって叫ぶ。

 

 「おい!?どうなってるんだ? 前進命令だろ?!」

 「いや、ジョナス騎士団長殿が命令を出した!後退命令だ!!」下がってきた班の班長が叫び返す。

 

 前進する歩兵と後退してくる歩兵。隊列は混乱に陥った。そして恐ろしい事が起きているらしかった。

 

 「おい!マズい!隊に穴が開きそうだ!中央付近が薄くなっているらしぞ!」

 伝言ゲームのように後方へ伝えられてくる不吉な言葉。『戦術』なんて高等な知識は知らないラハナーでも、隊のど真ん中に穴が開くのは危険な事ぐらい分かっていた。

 

 (大丈夫なのか?)

 

 

 

 ◇

 

 

 

 

 もともと『深淵の森』に近づいた時から、不穏な兆候があった。当初、オークは深い森で待ち伏せを仕掛けてくると予想されていた。単純で粗暴なオーク。彼らは、彼らの『生地』であり『聖地』でもある、『蜥蜴の這う谷』への侵入を拒み、その手前の『深淵の森』で最終決戦を挑んでくると考えられていた。

 

 ところが肩透かし。奴らは森ではなく、『蜥蜴の這う谷』で巧妙な待ち伏せ攻撃を敢行してきたのだ。

 

 まず、谷底に討伐隊全体が入った瞬間、ラハナーの隊よりさらに後方、つまり最後尾を守る、デルガド分隊長率いる部隊が、オークの弓兵隊に執拗な攻撃を受けた。デルガド分隊は、討伐隊の殿しんがりを務める精強部隊だ。その隊がオークの弓撃によってみるみるうちに戦力を削られていくのを、ラハナーは茫然と見つめていた。

 

 そして、分隊長のデルガドが兵を鼓舞して態勢を整えようと奮闘している時、一本の矢が狙いすましたように彼の頭を撃ち抜いた。

 

 (あれは…偶然じゃない。オークの手練れの狙撃だ)

 

 ラハナーは、オークの狙撃技術に恐怖した。噂では聞いていた。オークらしからぬ忍耐力と冷たい闘志を持った狙撃専門隊。隊長や分隊長、ラッパ手、伝令など、隊の指揮系統を的確に見破り正確な弓撃で排除していく。ケーア様が降臨される前、序盤での戦いではオークの突撃と狙撃弓兵の支援で、討伐隊は何度も苦境に陥っていた。

 

 指揮官であるジョナス騎士団長が、その無能さでさらに被害という傷口を広げていたのだが。

 

 

 第二歩兵総隊隊長メランダーはすぐさまデルガド分隊の救援に乗り出した。ラハナーの班はデルガド分隊のすぐ前に位置していた。そこからはデルガド分隊の兵達が苦境に陥っているのが良く見えた。

 

 ラハナーは恐怖と高揚と緊張がないまぜになりながらも、手に持っている粗末なハンマーピックを握りしめる。

 班長は怒りに燃えた目で、恐慌状態のデルガド分隊に襲い掛かるオークを睨む。命令よりも先に飛び出しかねない勢いだった。

 

 「コルバソフ! 突撃して奴らを排除しろっ!」メランダーの良く通る声と共に、メランダーに付き従うラッパ手が合図代わりの突撃ラッパを吹き鳴らす。

 ラハナーが所属するコルバソフ分隊。デルガド分隊とオーク達に一番近い場所に位置している。当然メランダーは、コルバソフに攻撃命令を出した。

 

 「よし!行くぞお前らっ!デルガド分隊を助ける!まずは班の位置を入れ替える。一班、二班お前らが先頭になって突っ込め。三班、四班は後に続け!」

 

 待ってましたとばかりに、コルバソフ分隊長が分隊員に大声で叫んだ。

 

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