戦闘(4)

 英俊は、側面隊の選抜を”百人隊長”と”殺傷力”の二人に任せていた。二人には「この側面からの急襲が、今回の作戦の成否を握る」と何度も説明した。

 作戦内容を理解した二人は、側面隊に精鋭を集めてくれていた。強い肉体と精神力。そして卓越した戦闘能力を持つ実力者揃いのオーク達。それが側面隊の面々だった。

 

 彼らの活躍で討伐隊は中央で分断され、陣形は乱され戦意も喪失しかけるという、一方的な展開になりかけていた。討伐団騎士団の騎士、騎兵が援護に駆けつける前までは。

 

 こちらの精鋭が側面隊なら、討伐隊の精鋭は重装歩兵と騎士と騎兵だ。特に先祖代々の世襲制で特別な教育を受け、小領地の領主を務める者も多い騎士は、”騎士としての誇り”と”王国に対する忠誠心”、”指導者としての責務”から凄まじい闘志で反撃してきた。

 その戦いを見て、浮足立っていた歩兵達も戦意を取り戻し、手に持っている剣を、手斧を、戦槌を握り直すとオークに向かって斬りかかった。

 

 激闘になった。

 

 オーク達も負けてはいなかった。折角、討伐隊を分断し相手の陣形を乱すことに成功したのだ。このまま奥深くまで浸透したい。そして主力の重装歩兵隊を、前面戦力の”熊と踊る”の隊と共に挟撃したい。

 それが成功すればオーク達の勝利は確定する。だが逆に、もし自分達の攻撃が失敗すれば、重装歩兵隊はこちらの正面戦力をたやすく撃破するだろう。

 そうなると、自分達の居住地まで奴らを妨げるものはない。自分たちの家は焼かれ、家族達は人間どもに殺戮され尽くされてしまう。「作戦」「戦術」などが苦手なオーク達も、戦士としての本能で、自分達の戦いの意味を理解していた。

 

 お互いが、自分達の存亡を賭けた戦いだった。当然、両者の戦いは熾烈なものになった。

 

 (…それでも、まだ討伐隊は混乱している。以前俺が『幻覚ヴィジョン』で見た『鷹の舞う地』での戦いのような、歩兵の相互防御は出来ていない…)

 

 生まれて初めて実戦の現場に放り込まれたにも関わらず、英俊は少しだけ余裕が出来始め、周りを観察し始めた。”百人隊長”が戦いを引き受けてくれているのが、余裕を持てる大きな要因だ。それは間違いない。だが、力と力、剥き出しの戦闘本能がぶつかり合う戦場に慣れ始めている自分に、英俊は自分自身に少し驚いていた。

 

 (”百人隊長”の身体を借りているから?それとも、俺の身体に流れている武士の血のおかげ?)

 思わず英俊はご先祖様に思いを馳せた。

 (いやいや、そんな訳ない…ご先祖が活躍していた時代って、四百年も前の話だろ…流石にそれは無い)

 

 英俊は気持ちを切り替えると、”百人隊長”の目を通して外を見る。よく見て覚えておかなければならない。どのタイミングで”百人隊長”が、”お前に任せた!”と戦いを交代してくる分からないからだ。

 

 ”百人隊長”の戦いを見て、実戦というものがどういうものか分かりかけてきた。

 

 (精鋭である騎士と騎兵の剣の速さは危険なくらいだ…彼らに比べると歩兵は未熟だが、それでも油断すると致命傷だ…)

 

 (そう、どんな相手でも結局は一緒だ。一撃を喰らって動きが鈍れば、それは『死』を意味する…特にオーク達はまともな鎧なんて誰一人身に着けていないし)

 『隊長』の名前を戴いている”百人隊長”ですら、上半身は裸で、腕には例の粗末な籠手ガントレットを付けているだけである。

 

 それでもオーク達は強かった。鎧を捨て身軽になった分、スピードと瞬発力で戦いに挑んでいた。そのオーク達とともに最前線で戦う”百人隊長”。英俊は、その戦い方をを眼で見て必死に覚えた。

 

 (相手が剣を振ってるの見てから動いても間に合わない…。歩兵は面貌ベンテール付きの兜を装備している者は少ない…その時、”百人隊長”は相手の”眼の表情や視線の先”を注意してる…あとは腕や、肩の動きか…)

 

 相手の息遣い、身体の部位の緊張感、視線の動き、攻撃に出る直前の挙動。ここにいるオークも人間も、そういった細かいサインから相手の動きを予知して行動している。誰一人として、繰り出された攻撃を見てから動いている奴などいない。

 

 (…俺は、戦い方っていうのを本当に知らなかったんだ)

 

 両部隊の中で、英俊の頭脳の高さは啓亜と同じくらい。つまり知性では、ずば抜けているだろう。ただ、実際の戦闘能力は恐らく一番下だろう。

 

 (だからと言って漫画に出てくる、頭でっかちの”ハカセくん的立場”になるのはゴメンだ。俺だって戦えるようになりたい。”百人隊長”は間に合うと言った。なんとしても戦い方を覚える)

 

 英俊は決意した。そして決意した後に思い返した。

 

 (そうだ…啓亜は。アイツと粟國は剣を扱えていたな。百人隊長が命を落とした『鷹の舞う地』での戦いで、慣れた手つきで剣を振るっていた)

 

 あれほどまでに、巧みに剣を振るえるのは時間がかかるだろう。……この世界に、俺よりも”年”という単位で早く飛ばされてきたのか?いや、なんとなくだが、それは違う気がした。

 

 (…じゃあ、いわゆる”能力”…?)

 

 自分は、オークの身体能力を借りる形でこの世界に飛ばされた。あの二人は、肉体はそのままでこの世界に飛ばされ、そしてその時、特殊な能力でも授かったのかもしれない。

 

 (もちろん、どんなことだって考えられる…なんたって、人間の精神がオークの肉体に同居できる世界なんだから)

 

 英俊はそれ以上考えるのをやめた。これ以上考えても『宇宙はだれが作ったのか?なぜ存在しているのか?』の疑問について答えを求めるようなものだからだ。

 

 そう考えると、自分の心の中の疑問を思い悩むのはやめて、英俊は再び”百人隊長”の動きに注意を払った。

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