戦闘(3)

 ”百人隊長”は唸り声を上げながら剣を構えて討伐隊に突っ込む。身体を低くししっかりと大地を踏みしめた姿勢だ。”百人隊長”に身体のコントロールを譲った英俊にも、足の裏に地面をしっかり踏みしめる感触や、力が込められて膨張した太腿の感覚をはっきりと感じることが出来た。

 

 いつもの雄々しく勇敢な”百人隊長”。”殺傷力”はそれが分かると、嬉しそうに吠えながら同じように討伐隊に突っ込む。”鉄板腹”と”虎の足”…そして周囲のオーク達も一斉に討伐隊に斬りかかった。

 

 英俊の意志は無関係に戦いは続行された。仕方なしに英俊は、言われた通り”百人隊長”の邪魔をせずに視覚だけを借りた。自分では視点を変更しないように気を付けた。まるで動画サイトのゲーム実況画面を見ている感覚だ。

 確かにファンタジーゲームのワンシーンのような風景が、眼前には広がっているが、音、風景、匂い、力がみなぎる感覚…それらの要素がゲームとは全く違うものにしていた。

 

 ”百人隊長”が真っすぐ突っ込んだ先には一人の騎士が待ち構えていた。ほかの騎士と同じように長剣を両手に持っている。左足を一歩前に出した半身の構えで少し膝を落とした姿勢。

 先ほど”殺傷力”にやられた騎士と違い、剣は最上段に構えられていた。こっちの突撃を、上段からのカウンターの一撃で叩き伏せようとしている。

 

 ”百人隊長”は止まらない。罠を張っている騎士が眼前に迫っているのに全くスピードを緩めずに突っ込む。

 

 (あ、危ない!)恐怖に駆られた英俊は、思わず視覚から意識を外そうとした。

 

 ”見ろっ!”

 

 ”百人隊長”の言葉が強く短く響く。そして英俊の意識とは無関係に、無理やり視線が”百人隊長”の視覚と同調した。英俊は、嫌でも剣を構える騎士を凝視することになった。

 

 頭部を兜、顔面は面貌ベンテールで覆われた騎士。彼の表情は、金属板の仮面によって全く分からない。”百人隊長”は突っ込みながらも、騎士の肩や腕、腰をしっかりと観察しているのが分かった。

 

 (あ!)

 

 英俊は気づいた。”百人隊長”の意識下にある視覚だからこそ気が付いた。騎士の腰に力が入り、位置を調整するかのように左のつま先がこちらを向く。

 ”百人隊長”の視線が一瞬上を向く。まるで甲殻類の生物のような形状の肘当クーターてが、目に飛び込んできた。外骨格生物のような金属鎧越しからでも、彼の腕に力がみなぎり、こちらを最上段から唐竹割からたけわりのように叩き割ろうとしているのが分かった。

 

 騎士の肩が少し動いた瞬間だった。”百人隊長”の下半身に一気に力が込められた。身体を低くしたまま、右脚で大地を蹴った。その瞬間、視野の真ん中に固定されていた騎士の姿が、突如右に移動した。

 

 そして視野の端に映る騎士の姿勢は、先ほどの構えとは違っていた。必殺の一撃を振り下ろした直後の姿勢に変わっていた。鈍色に光る長剣が大地に叩きつけられている。

 

 (…飛び込むと見せて、瞬間的に左に移動したのか…凄い…というか騎士の攻撃もハンパない…ドンピシャのタイミングだろ…真っすぐ突っ込んでいたら真っ二つにされてた…)

 

 ”百人隊長”は素早く身体を半回転させ、騎士の方を向く。必殺の一撃をかわされた騎士は、慌てて剣を持ち上げこちらと向かい合おうとしている。

 

 そう、”百人隊長”は、騎士の側面を取っていた。騎士の斬撃のタイミングを完璧に読み取り、剣の軌道を躱す為に瞬間的に回避し、その勢いをうまく利用しながら身体を半回転させ、完全に優位な態勢を奪いとった。この一連の動きを全くよろけることなく、見事にやってのけた。まさに恐るべき身体能力だった。

 

 剣を持ち上げながら、懸命にこちらを向こうとする騎士。だが遅すぎた。”百人隊長”は、まるで野球の打者のように、重たい両手剣を水平に振り抜いた。

 目標はボールではない。無防備になった騎士の頭だ。

 

 何とも言えない感触が英俊の”手の感覚”にも伝わった。

 

 昔、学校の粗大ゴミ置き場に捨ててあった、ペラペラな金属製の灯油缶を棒で叩いた時のような感触の後に、何か非常に硬いモノに当たる感覚。…頭蓋骨だ。そしてその一部が破壊されるような嫌な震動までハッキリと伝わってきた。

 

 騎士の顔面は”百人隊長”の両手剣のフルスイングを喰らっていた。薄い金属板で出来た面貌ベンテールは完全に破断され、剣の横幅半分くらいまでが騎士の顔面にめり込んでいた。

 

 (うえぇ…モロじゃん…)思わず英俊は呻いた。

 

 面貌ベンテールのおかげで、騎士の苦悶の表情や、傷ついた顔面は見なくて済んだ。ただ、その金属製の仮面の覗き穴や、破壊された隙間から、色々な液体が噴き出しているのが目に飛び込んできた。言葉にしたくもない、いろんな液体が。

 

 ”百人隊長”は剣を騎士から引きはがそうとし、それが顔面にしっかり喰いこんで外れないと気が付くと、騎士の腹を蹴り飛ばした。その蹴りの反動で、やっと剣が騎士の顔から離れた。

 それでも騎士は、一瞬、よろめきながらも倒れずに棒立ちになっていた。”百人隊長”がとどめを刺そうと剣を構えた瞬間、騎士はを踏むと、その場に大きな音を立てて仰向けに倒れ、そのままピクリとも動かなかった。

 

 ”考えるな…今は何も考えるな”

 

 ”百人隊長”は、討伐隊の方に身体を向けながら英俊に囁く。

 

 ”これが戦いだ。こちらがやらねば自分がやられる。そして、この戦いに敗れれば、我が一族の妻や子供も同じことをされるであろう…それらから守らねばならぬのだ…だから今は余計なことを考えてはならぬ”

 

 ”百人隊長”は強い言葉で語りかけた。

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