戦闘(2)

 どっちが”鉄板腹”という名前のオークなのかはすぐに分かった。”鉄板腹”は、腹部どころか全身に一切の『丸み』を感じさせない引き締まった硬質な体をしていたからだ。こんな投げやりな名前ではなく、もっと恰好の良い名前でも良いのに。それくらい鍛え抜かれた美しい体躯だった。

 ”虎の足”の方は、強靭な足を持つオークの中でも、更に際立った逞しい太腿をしていた。…まさに虎の足だ。

 

 ”……聞いているか?”

 

 ふいに心の中に声が響く。二人に気を取られていた英俊は、慌てて”百人隊長”の声に注意を払う。

 

 ”さっきは…お前が持つ戦士の技能を知りたくて、初撃は手出しはしなかった。  奴が動き始めてからも、お前は何もしなかった。…なので、お前のいる世界の戦士は、攻撃してくる剣を見てから対応できる技術があるのかと我慢していたが、間に合わぬと思ってとっさに動いてしまった”

 

 (……いや、そうじゃないんだ)

 

 英俊は呻いた。”百人隊長”…アンタ壮大な勘違いをしているよ…

 

 ”…そう、違ったようだったな。お前は剣術や体術の訓練の経験があるみたいなので、戦士としての心得を持っていると思ったのだが…特に体術に関しては、かなりの実力者もいる訓練のように察せられたのだが”

 

 (ああ。それが勘違いの原因か。”百人隊長”が俺の心に触れたとき、格技の授業風景が見えたのか)初心者が初歩の初歩だけを学ぶ格技の時間。

 素振りをすれば、二十回も振ると竹刀が重くなり腕が上がらず、疲労で腰をやられてへっぴり腰になった一年生の時の剣道。二年になってから格技の種目は柔道に変わったが、前回り受け身がどうしても出来ず、柔道教師が頭を抱えた悪夢の時間。

 

 体術の実力者というのは長倉の事だろう。野球部所属の筋力と運動神経に自信のあるクラスメートが、「長倉。ガチな?ガチでやってくれ」と頼み、長倉がそれに応じて始まった乱取り。

 

 それでも最初のうちは長倉は、明らかに手加減してクラスメートの渾身の攻めを捌いていた。そして相手が攻め疲れして動きが止まった時、長倉は自身の身体を少し沈めながら軽くひねった。技を掛けたのだろうが、英俊の眼には何気なく身体をひねったようにしか見えなかった。

 

 次の瞬間、クラスメートの身体は浮き上がり、空中を綺麗に回転して背中から畳に叩きつけられた。その時、長倉はクラスメートの腕を思いっきり引っ張り上げて、後頭部を畳に直撃しないようにする余裕すら見せていた。

 

 「やっぱやべーな。今の技なに?」投げられたクラスメートが苦笑いを浮かべながら長倉に尋ねた。

 「背負い投げ」野球部員のクラスメートを助け起こしながら長倉は答える。

 「漫画みたいに投げられたな。長倉、お前やっぱすげーよ」

 「すごくもなんともねーよ。野球だったら、こっちはド素人だし」

 「謙遜すんなって」

 

 

 …周りで見ていた英俊には、この光景がはっきりと記憶に刻まれていた。だから”百人隊長”も、この記憶に気が付いたのだろう。でも、それはあくまでも、平和な世界の学校の授業の一風景だし、そもそも俺は長倉ではない。

 

 ”そうだ。我はお前に対して少し…誤解をしていたようだ。すまなかった。お前は否定していたが、本当は戦士の血を引き、剣術と体術の心得のある者だと思い込んでいた”

 英俊の沈黙から全てを察したように”百人隊長”が声を掛ける。

 

 (…いや、謝らなくてもいい…だからやっぱ…)

 英俊が(やっぱり戦いは”百人隊長”に全て任す)と言い掛けた時、”百人隊長”が深い声を被せてきた。

 

 ”しばらくの間、我が戦う。お前は我の戦い方を見て学べ。大丈夫だ。我は生まれついての戦士だ。お前が思うがままに即座に反応する身体だ。そして、お前は戦士の血を引きし者だ。案ずるな。すぐに戦士としての技能を習得するはずだ。そしてお前は、お前の手で勝利を掴め。それがお前の望みであり、我らが神、”蛇と獅子”の考えでもあるということを承知している”

 

 (え。ちょ…ちょっと待って!)英俊が慌てて叫ぶ。だがその言葉を無視して

 ”百人隊長”が”殺傷力”に向かって叫ぶ。

 

 『すまなかった”殺傷力”! もう大丈夫だ!』

 

 そして”殺傷力”の傍に駆け寄る。”鉄板腹”と”虎の足”も一緒だ。英俊の前面で討伐隊の攻撃を支えてくれていた”殺傷力”と仲間のオーク達は、隊長の復帰で明らかに士気が上がっていた。

 

 『待ってたぞ!よし”百人隊長”!大暴れして奴らをぶちのめすぞ!』

 『分かった”殺傷力”!勝つぞ!この戦い!』

 

 その時、”百人隊長”が英俊に向かって、そっと囁く。

 

 ”眼だけを使え。我がどのように戦っているかよく見ておけ。目で覚えるだけで充分だ。お前が覚えた通り、お前の意志通りに身体は動く”

 

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