戦闘

大きな戦いの声が渦のように沸き上がった瞬間、英俊の目の前にいた騎士の身体が動いた。

 

 (えっ!? く、来る?)

 

 身体は動かない。百人隊長が身体をコントロールするのかと思っていたが、彼は静観しているようだ。自分で身体を動かさないといけない。

 

 騎士は身体を沈め、腰だめの姿勢になると、剣を後ろに引いたような下段の構えを見せる。しっかりと顎を引いたその姿勢は、肉食獣が獲物に飛び掛かる態勢にそっくりだった。

 騎士自身の背中に、彼の持つ剣の半分以上が隠れている。こちらからは切っ先が見えない。

 

 (なんだ…剣が見えない…どっから来るんだ?)英俊の頭は真白になり、半ばパニックに陥った。

 

 油断なくこちらを睨みつけていた騎士は、こちらが焦っていると見るや、一気に脚を踏み出した。奴の身体が大きくしなる。腰が回転する。渾身の一撃を加えてきたのだ。

 

 (下から…下から上に払い上げるのか?…防御?回避?)

 

 英俊は自分を護るために、拝むように両手剣を構えた。そして、剣がどこから出てくるかを確かめようと彼の動きを凝視した。…その時、自分の上体が浮き上がっているのに気が付いた。

 

 (こんな棒立ちで強力な一撃を防ぐことなんて出来っこない!)

 

 その時だった。自分の意志とは無関係に身体が動いた。身体が勝手に立ち膝の姿勢になった。手首を返し、剣を地面に突き立てるかのように自分の左半身を守る。

 

 凄まじい衝撃

 

 騎士の身体の影から水平に飛び出した強力な剣の一撃が、英俊の持つ両手剣に炸裂したのだ。ぶつかった剣同士から火花が散る。英俊の視覚では、騎士が、いつ斬撃を放ったのか見えなかった。恐ろしい速さだ。手練れの剣士の剣撃はここまで速いのか…。

 

 最初の一撃を防がれた騎士の反応は速かった。弾かれた勢いを利用し、後ろに引いた剣を巧みにコントロールしながら、二撃目を狙っている。

 

 (次はどっちから来るんだ…?!!)英俊がそう思った次の瞬間、自分の手が勝手に動くと、両手剣が面前を護るように水平に構えられた。

 その直後、騎士が最上段から振り下ろした剣が、持っている両手剣に叩き込まれた。騎士の剣と、こちらの剣が交差し、一瞬それが十字架のように見えた。

 

 (見えない…まったく見えない…あんな重い剣を振り回しているのに…本当の剣士の攻撃は、あれほどまでに速いのか…?)

 英俊の頭の中は恐慌状態で真っ白になった。心臓が喉元までせり上がり、身体に力が入らず、膝がフワフワした変な感じだ。

 

 攻撃を防がれた騎士は、いったん後ろに下がり剣を構えなおす。そして何かを警戒するかのように油断なくこちらを窺っているようだ。

 

 (…なんだ?なぜ警戒している?)英俊は混乱しながら騎士の動きを凝視し、その直後、なぜ騎士が警戒しているのかを察した。

 

 気が付かないうちに英俊は立ち上がっていた。百人隊長の意志では無いことは明らかだ。なぜなら両手に構えた剣を前に突き出し、腰が引けたへっぴり腰の情けない構えをしている事に気が付いたからだ。

 

 初心者丸出しの構えをしているのに、さっきは騎士の本気の二連撃を防いだのだ。騎士が警戒するのも無理はないだろう。騎士は、本人自身の知らない新しい剣術と勘違いしているのかもしれない。

   

 (なんか、向こうは勝手に『酔拳』みたいなモノを想像しているみたいだけど…勘違いもいいとこだ…こっちは、高校の格技の授業で剣道をやっただけのド素人なんだよ…百人隊長…助けてくれ。俺、やっぱり無理だよ)

 

 ”……” 

 

 一瞬、百人隊長の息遣いが聞こえた。何か考えているような感じだった。

 

 その時、英俊の眼の前に大きな黒い影が被さった。対峙していた騎士の姿が隠れる。英俊は驚きで息が詰まりそうになった。いや、実際に息が止まった。

 

 『どうした!百人隊長!頭を使いすぎて戦い方を忘れたかっ!』

 

 大きな影は”殺傷力”だった。情けない隊長の姿に気が付いて加勢に来たのだ。彼は大声で怒鳴る。”殺傷力”の姿を見るや否や、騎士は一撃を加えようと上段から剣を振り下ろす。

 

 硬質で派手な音が響き渡る

 

 ”殺傷力”は、自慢の戦槌で見事に騎士の剣を受け止めていた。攻撃を防がれた騎士が剣を引こうとするよりも速く、戦槌を滑らし槌と柄の部分に剣を引っかけると、そのまま下に押し下げる。

 

 ”殺傷力”の馬鹿力で騎士の両腕が下がり、上半身ががら空きになった瞬間、”殺傷力”の腰が豪快に回転すると、右脚が宙を飛び、空手の前廻し蹴りのようなキックが騎士の横腹に食い込んだ。

 

 さしもの騎士も大きくよろけ、その機を逃さず”殺傷力”が、鎧を無視するかのように肩と首の間に戦槌を叩き込んだ。地面に叩きつけられる様に俯せに倒れた騎士はピクリとも動かない。戦槌の一撃を喰らった鎧は、その部分が大きくひしゃげていた。

 

 ”殺傷力”は恐ろしい唸り声を上げると、討伐隊を睨みつける。その迫力にたじろいで歩兵は後ずさりし、精鋭の騎士ですら攻撃を掛けられず思わず動きを止める。

 

 『行けるか?! ”百人隊長”! …まだ調子が出ねえかっ?』

 

 ”殺傷力”は、こちらを振り返らず、討伐隊を威嚇しながら心の声を飛ばしてくる。声というより、ほぼ怒鳴り声だったが。英俊がなんとか声を絞り出そうとしたとき、

 

 『すまん”殺傷力”。おぬしの言う通り頭を使いすぎたようだ。ほんの少しの間、奴らを受け止めてくれぬか?』

 

 ”百人隊長”が落ち着いた言葉を発する。

 

 『分かった! ”鉄板腹てっぱんばら”!、”虎の足”! お前ら傍について隊長を護れ!』

 戦闘の真っ最中だ。”殺傷力”は余計な詮索せずに部下に命令を下す。すぐさま二人のオークが無言で駆け寄ると護衛についてくれた。

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