兼業兵士

 一班、二班は盾を持ち、部分的とはいえ鋼鉄や鉄製の防具を身に着け、戦闘スキルも高いものが多い。強い彼らを先頭にオークを蹴散らそうという算段だった。

 陣形転換の訓練は嫌と言うほど経験していたので、狭い場所、混乱した状況でも歩兵達はスムーズに、しかも素早く行うことが出来た。

 

 ラハナーは四班所属だ。なんの取柄もない平凡な歩兵。父親譲りの古びた鉄兜に、胸の部分に薄い鉄板を張り付けた、だいぶくたびれたキルティングアーマー。そして使い込んだ皮手袋に、これまた父親譲りのハンマーピック。

 彼は王国では一般的である、普段は農業に勤しみ、召集が掛かった時だけ歩兵として働く兼業兵士だった。

 

 「数合わせ」「戦う肉壁」

 

 ラハナー達、兼業兵士らは自分達をそう自嘲していた。だが、武勲を挙げれば結構な褒美を貰え、更に手柄を連続して挙げて、本人が希望すれば職業軍人として、高い給金が貰える身分に昇格するチャンスもあった。

 

 だから、出身が貧農の若い兵士などは戦いとなると目の色を変えてオークに挑み、危険を顧みない行動で戦いに参加した。

 

 …その結果、オークの戦槌に頭を飛ばされたり、長剣に真っ二つにされる事も多かったが。

 

 ラハナーは、そんな野望は無かった。他の兵士の陰に隠れ、班長の命令には素直に従い、敵の目標にならないように目立った行動はせず、最前線に立たされた時は一歩引いて闘志の満ち溢れた兵士と協同して、お手伝い的な戦いに参加する。

 

 そういう戦い方をする兵士は珍しくなかった。というか、歩兵総隊のかなりの割合がそんな奴らばかりだった。だが、「勝ち戦(いくさ)」ともなると事情は違う。残党狩りは大好きだ。皆、目の色を変えて、弱りながらも最後の闘志をかき集めて抵抗するオークを、寄ってたかってなぶり殺しにする。

 

 ケーア様が降臨されて、戦いの趨勢が決まったこの一か月、ラハナー達歩兵総隊の意気は軒昂だった。油断したら危ないが、逆に余程の気の緩みさえ見せなければ怪我をすることも、死ぬことも無く、勝利の高揚感が得られる至福の時を過ごすことが出来た。ラハナー達にとっては最高だった。

 

 その締めくくりが、今回の「最後の戦い」と呼ばれる、オーク居住区への進撃だった。この地に生息するオーク一族を根絶やしにする、「オークにとっての最後の戦い」ラハナー…いや、討伐隊全員がそう思っていた。

 

 ところが、現状、『最後』の風向きはだいぶ変わってきたように思われた。オークに向けて吹いていた『最後』と言うの名の風は、いきなり向きを変えてラハナー達に向けて吹き始めたようだ。

 

  コルバソフ分隊長が闘志を漲らせて、分隊に突撃命令を出そうとした瞬間だった。崖上から放たれる矢が、突然こちらに向かって雨あられと降り注ぎ始めた。

 唸りをあげて飛来してくる粗く加工された矢。お世辞にも機能美のカケラも無かった。だが討伐隊を撃ち抜き、倒すのには充分な殺傷能力を持っていた。

 

 「怯むな!盾を掲げよ!」コルバソフ分隊長が喚く。一班、二班の分隊員は盾を掲げ中腰になりながら前方に進もうとした。だが、オークの弓撃は間断なく、そして想像以上に正確だった。

 

 一班、二班の兵達は次々と倒されていく。それでも無理やり前進し、デルガド分隊を襲撃しているオーク一団に近づいた兵の一部は、陣形も相互防御もままならない状態なので、気迫溢れるオーク達に各個撃破されてしまっている。

 

 「行け! 三班!四班!ビビんな!お前らも突撃だ!」コルバソフ分隊長が怒鳴る。ラハナーは青ざめた。あんな所に突っ込んだら数歩も移動出来ずに弓矢に貫かれて死んでしまうだろう。

 (自分は信心深くない。朝と夕のお祈りもいい加減だ…神に復活を願う蘇生魔法なんて効きっこないだろう…撃たれた死ぬ。”永遠の死”あるのみだろう…)

 

 (神なんていない。居たとしても俺たちに”恵み”なんてお与えにはならないだろう…いわんや最高の慈悲である”蘇生魔法”の恩恵なんて、上流の人間か選ばれた人格者にしか享受できないだろう…)

 

 神についていつも否定的な考えを持っていたラハナーは、熱心に神に対して祈りをささげる人間を冷めた眼で見ていた。

 

 (神なんているもんか。否、存在してたとしても俺らみたいな底辺の人間に目を向けてくれるはずない。無駄な事を…)

 

 そんな風に思っていた。だが、オークの放つ凄まじいまでの弓矢の雨の中を突撃せねばならなくなったこの瞬間、初めて神に祈った。

 

 (神様!今まですみませんでした…何卒…なにとぞ俺に慈愛と…そして加護をお与えください…!)

 

 「よーし!オメーら!ブルってんじゃねー!…おいっ。ラハナー! 眼ぇ開けろ! 死神への祈りはもう終わりだっ! 行くぞ!」

 

 班長が怒鳴る…ラハナーは慌てて目を開ける。班長の顔は恐れの色、一つも見えない。どうしてんなんだ…矢に当たらないと思ってるのか。あいつはこの地に棲むと言われる、『黒の邪神』に”魂の取引”でも済ませてあるのか。

 

 ラハナーが(もうダメだ。死ぬ)そう思った時、奇跡が起きた。隊列の遥か前方から猛烈な衝撃音が聞こえ、一瞬だが戦いの音が聞こえた。

 

 (前で主力同士が衝突した…戦況が動いた…)

 

 戦況の変化を機敏に察したメランダー隊長。彼は一瞬考えた後、ラハナーにとっては天にも昇るような命令を発した。

 

 「攻撃は中止!コルバソフ分隊はその場で待機!オーク達の攻撃に備えよ!」

 攻撃中止のラッパが吹かれ、続けて防御隊形を指示する一節が奏でられた。

 

 (神が微笑んだ!? 祈りが通じた! まさかここで中止命令が出るとは)

 

 ラハナーは天にも昇る気持ちだった。神に抱きついて熱いキスでもしてやりたい気分だった。

 

 

 ただ、それはほんの短い時間だった。

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