突撃

 (やっぱり…啓亜。立て直そうとしている…。陣形が乱れて討伐隊中央部に穴が開けば最高だったんだけどな…さすがにそう甘くないか)

 

 英俊は、谷の上の中央部から戦況を見つめていた。周りには百名のオークの精鋭が、そして対面の谷上にも、同じ数の選りすぐりのオークが身を潜めている。英俊が考えた作戦の”肝”というべき、側面からの急襲部隊だ。

 

 油断していた討伐隊は、こちらの作戦に見事に引っかかった。だが啓亜は、全方位から攻撃をかけようとしたこちらの意図を見抜くや、すぐさま前方部隊の陣形を整えて、オーク正面部隊を打ち破り、攻撃網を突破しようと試みているようだった。流石は啓亜。判断が早かった。

 

 それを見た英俊も、すぐさま動いた。オーク正面兵力の数は多くない。このままだと力で押し切られる。正面を抜かれたら、あとはオークの居住地まで一直線だ。

 

 (最高の状態には出来なかった。だが、奴らの陣形も乱れている。今しかチャンスはない)

 

 ”熊と踊る”に『後方と側面から支援する、無理に前に出るな。粘り強く守れ』と指示を出そうとした。

 

 ”待て”

 

 その時、百人隊長の声が心に響く。

 

 ”奴らの動きを見ろ!”

 

 百人隊長の声は、心なしか興奮している。英俊は慌てて谷底に注意を払った。


(…嘘だろ…?)


英俊は、討伐隊の動きに目をみはった。先頭の重装歩兵は盾を掲げ、短槍を構える(史実のファランクス隊は長槍だが、啓亜は変更したらしい)

騎馬隊が両翼に展開しようと移動を始めている。


そして、その騎馬隊を支援するかのように歩兵隊が、その後方に移動を始めた。前面のオークを排除しようとするのが明らかだった。


…だが。


長く伸びた縦隊の真ん中から後ろの部隊が、谷から撤退しようと後方に移動を始めている。目をらすと、前方と後方に別れるちょうど中間の兵たちが、

『俺たちはどっちに行けばいいんだ?』と、オロオロと戸惑っている様子が見えた。啓亜によって完璧なまでに統率されていた討伐隊に、綻びが見え始めているようだった。


”お前の『さくせん』通りだな…あやつら、こちらの攻撃に混乱して、大きな隙を見せているぞ!”


討伐隊の指揮系統は混乱を収拾出来ていないようだ。隊の陣形は立て直すどころか、逆にかなり薄くなっている。


”今しかないぞ!今なら真ん中に突っ込める!”百人隊長が叫ぶ。


(分かった!)英俊は一呼吸置くと待機しているオークに命令を発した。


(よし。皆、よく我慢した。これから、討伐隊の中央部に突撃を仕掛ける。”戦いの呼び声”! 対面の仲間に知らせる準備!弓兵達も突撃参加させる!)


(承知しました!)


”戦いの呼び声”が闘志を乗せた手のひらを、ドラムの打面にそっと置く。皆の顔をそっと見る。全員、中腰になって突撃準備は完了だ。どの顔も闘志に満ち溢れている。


(…俺は、大丈夫だろうか…?)英俊は、オーク達の闘志に漲った顔を見ながら突然不安に駆られた。実戦なんて経験したことがない。


”大丈夫だ。われが支える。そして、お前…お前がいた世界でも、人間は二つの名前を持っているようだが…ナンジョー…この名前は戦士の名前なのだろう?…お前は戦士の血を引くものだ。恐れる事はない”


(でも…それって、何百年前もの話だし…直系じゃないよ。南条家の家来で、武勲を立てて、苗字を貰っただけらしいし)


”素晴らしいではないか!主君を助け、その主君と同じ名前を名乗れるようになったのだろう! そのような事を言うな! その戦士の血を…お前は引き継いでいるのだぞ!”


”戦士”の事を馬鹿にされたと思ったのか、百人隊長の言葉は厳しかった。英俊は、その言葉に頬を叩かれた気がした。


(分かった!そうだ。ぐちぐち言っても仕方がない。やる。やってやる。でも、何かあったら助けてくれ)


”心配するな。我とお前は…”一心同体”ってやつだからな…さ、急げ!命令を出せ!”


英俊は、大きく息を吸い込んだ。そして肉声で叫んだ。


「突撃!…奴らの横腹を食い破り、…ぶちのめしてやれ!」


その言葉を聞くや否や、”戦いの呼び声”がドラムを連打する。オーク達も英俊の声を受けて、大きく肉声で叫びながら、一気に谷を駆け下りていく。


対面でも、命令を聞き取ったオーク達が咆哮しながら駆け下りてくるのが見えた。


”我も降りるぞ!本来、隊長が先頭を走らないといけないんだ。それがオークのやり方だ!”


英俊を叱咤しながらも、百人隊長の声は、どこか楽しそうだった。


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