不信

(使えねぇ……つかえねぇつかえねぇ…馬鹿どもが…)


 啓亜は心の中で何度も毒づいた。オークの最後の抵抗を封じ、奴らの居住地を全滅させ、武勲を上げるのは目前だったのに…。

 

 王国に隣接しているオークの支配地には、肥沃な大地と森林、鉱物資源が眠っている場所が何か所もあった。

 そもそも王国とオーク一族は長きにわたり、お互い不可侵の状態で共存する状態だった。しかし、王国の国王が変わった時、新国王は、資源と『オーク制圧』という名声欲しさにオーク討伐を始めた。

 

 …啓亜は、そんな話をクーンツから聞いた。

 異世界に飛ばされてから、啓亜の順応力は凄まじかった。生来の高いコミュニケーション能力が、さらに磨きがかかっている気がしていた。そして、自分の知性が、この世界においてはかなり上位にあるということにもすぐに気が付いた。

 

 (軍事に関したって…王国軍あいつら本当に職業軍人なのか?俺のゲームでの作戦知識の方が上だなんて…)

 

 そうだった。この世界に住んでいる人間達は、頭が悪いわけではない。だが、こと専門知識を必要とする分野に関しては、頭にかすみでもかかっているのではないか?といぶかしむくらい、レベルが低く察しが悪かった。それは、軍事、軍務という分野でも例外ではなかった。

 

 ただ、相手となるオークどもも、それに輪をかけて粗野で単純だったため、戦いは互角…いや、指揮官が無能に輪をかけたジョナスに変わってからは、身体能力の差だけでオーク達が優位に戦いを展開していた。

 

 そんな時、この世界に飛ばされてきた啓亜は、うまく王国に馴染むことができ、更には国王に気に入られ、王国軍オーク討伐隊に加入した。それから啓亜は、軍の再編と再教育を速成で行い、オークに対して反撃を開始、敗走を重ねたオークどもは、遂には自分達の生地せいちまで押し込められた。

 

 (戦いは今日終わるはずだった…なのに…クソが…)

 

 (舐めていた…あいつらにあんな『知恵』があるとは思わなかった…谷底を一列縦隊で行軍するなんて…痛恨のミスだ)

 

 啓亜は今更ながら後悔していた。

 

 (しかも、オークどもは谷を抜けた先にある、ひらけた場所で陣を構えると思い込んでしまった…あいつらいつも走りまくるから…谷のような地形で『網』を構えるとは思わなかった…追跡者チェイサー隊を使って、谷を偵察、嚮導きょうどうをしとけばよかった…)

 

 

 『思い込み』『慢心』

 

 

 最後の最後で、啓亜は自分のミスを何度も悔いた。そして、もう一つ大きな疑問が心に浮かぶ。

 

 (なぜだ?なぜここに来て、オークの戦い方が変わる?単純とはいえ、完全に戦術を練って挑んできてる。あれさえなければ、隊がここまで苦境に陥ることはなかったのに…)

 

 

 その時、啓亜を載せた白馬が大きくいなないて、前足を持ち上げた。啓亜は慌てて手綱を引いて馬を停める。

 

 「ケーア様!部隊が混乱しています!馬では進めません!隊中央部はすぐそこです! 馬から降りましょう!!」

 

 隣を走っていたユーハーソンが、周りの騒音に負けないように大声で怒鳴ってくる。

 

 「分かった!!」

 「中央部は既に接敵しています!戦闘が始まっています!急ぎましょう!」

 「分かってるっ!」

 

 ユーハーソンの、せかすような口調にイラついた啓亜は、少しキツイ言い方で言い返した。

 

 (うるせえな。偉そうに。こんな状況になったのは、お前らの上官のジョナスの勝手な命令のせいだろうが…あの無能の責任だろうがっ…!

 ……そうだ…そもそも一つの隊に二人の指揮官がいること自体おかしいんだ…『隊長』はジョナス《あいつ》だ。あいつに全責任があるんだ…)

 

 啓亜は小さい頃から、『自分の立ち位置』に非常に敏感な性格だった。その生来の気質が土壇場でもにじみ出てきた。いや、こんな土壇場だからこそ隠されていた気質が露出した。

 

 『俺は悪くない』

 『俺は関係ない』

 『俺に責任はない』

 

 啓亜の心の中に三つの言葉が反響した。

 

 何度も。

 

 

 何度も。

 

 (そうだ。俺は作戦について『助言』をしただけだ。この事態を収拾するのは、騎士団団長であり討伐隊隊長であるジョナス…あの赤ら顔のデブだ。あいつが何とかすれば良い…。俺はここの戦線を凌いで、オークどもの包囲網を突破して一足早く離脱してやる。こんな所でオークの豚どもに殺されてたまるか!)

 

 啓亜は、腰に吊るしてある長剣では無く、その横に挿してある短剣を抜いた。この剣は、啓亜がこの世界に飛ばされた時に、目の前の地面に突き刺さっていた剣だった。違和感満載の登場の仕方で、青白い光を放つ不思議な短剣。

 この短剣が、他の武器とは違うと言う事にはすぐに気が付いた。だから王国軍に入隊してからすぐに、町の鍛冶屋に頼んで短剣に合う鞘を作って貰い、肌身離さず身に着けていた。

 

 (今までは…ここに来てから自分に備わったらしい『能力』を、時々使うだけだったけど…今日、初めてこれを使う事になりそうだ…)

 

 そう。この世界に飛ばされた時、啓亜には『短剣』だけでなく、獲得していたものがあった。一つは卓越した『剣術』。そしてもう一つは、本人自身に宿る、不思議な『能力』といっても差し支えないものだった。

 

 この世界の人間には無い『能力』と『短剣』。これを使えばオークの包囲網を破って単独脱出することは簡単だろう。

 

 (やってらんねぇ。討伐隊なんてこりごりだ。兎に角脱出して…ほとぼりが冷めるまでどこかで身を隠しながら、次のことを考えるか…)

 

 

 その時、一人の女性の顔が脳裏に浮かんだ。

 

 (夢夏…)

 

 この世界に飛ばされた時から、一緒だった恋人。

 

 (…恋人?…いや、顔がイイから付き合っていただけだ…この世界に来てからは腐れ縁な仲なだけだ…)

 

 啓亜の心の中には冷酷な感情が浮かび上がる。

 

 (オークの包囲を抑えつつ、指揮官隊に戻って二人で脱出する?…無理だ。陣形は完全に乱れている。この戦いは負けだ。間に合わない。あの自己中女を助ける義理はない。あとは自分で頑張れ。自己中)

 

 啓亜は三か月前を思い出した。彼は、この世界に比較的早く順応出来た。だが、なかなか馴染めなかった夢夏は、自己中心的な言動と行動とヒステリーを繰り返し、啓亜が辟易した事が何度もあった。

 

 この世界に馴染んだら落ち着くかと思ったが、国王民が彼女を崇めることに気をよくして、今度は別の意味での、自己中心的な言動と行動を繰り返した。女帝誕生。

 

(もううんざりなんだよ…正直…。だから、お前はお前で頑張って生き抜けよ。俺は俺で頑張るわ。それにここの王国は、優しくて可愛い女性が多いからな…)


 啓亜は、王国のお気に入りの侍女『達』の姿を思い浮かべた。彼女達は啓亜に心酔している。

 

(俺、にするわ。じゃあな。夢夏)




…考え事をしている啓亜。自己保身と用心深さに長けた性格のため、表情を隠すのは上手かった。だが、この状況。この混乱した状況での深い考え事は、彼に隙を与えてしまった。


 『学内のイケメン』、『王国の救世主』という仮面が剥がれ、その狡猾で計算高い表情が剥き出しになった。啓亜それに気が付いていなかった。

 

 

 

 

 そして、その表情を怯えの目で見る、ユーハーソンにも気が付いていなかった

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