第7話

「手振らで俺とやり合うか?

舐めてくれるもんだ」

「私薬師菩薩だから武器は無いのよ」

磔磔つくづく舐めてるな」


「待て。」「..なんだ?」

「女に手を上げるな」「愚弄者よ。」

元を断てばと金剛力士が睨みを利かす

「アナタ達..」

「下がっていろ。」「薬の礼だ」

『阿吽の体動』

「ほう..。」

阿形と吽形が同時に動きをトレースし棒を用いて舞い踊る。しなやかに翻弄し隙を与えず攻め入る秘技である。

「熟練された動きに丸薬の効力が更に効いてる、やるわね阿吽。」

「阿、しなやかに」「吽、軽やかに」

「見惚れる者故」「滅びゆく者なり」

一度に二点の対象は捉えきれず視界を越える。乱舞はのちに、猛威を振るう

「くだらねぇ、じっとしていろ。」

「ぐおっ..。」

廻り動き回る二つの影に、大刀を叩きつける。阿吽は尚も息を崩さず、合わせて動きを止めた。

「がっ...」「嘘でしょ⁉︎」

「出しゃ張り過ぎたな、門番。」

昔から彼は横暴だった。

勝手に決めて、走り回った。

「俺は俺で好きにやっている、少なくとも観音お前よりはな。」

「……」


如来で数えて一月前、仏で一年、亜異故では数え切れない程の刻が流れる前

「決めた!

俺は力で知識でお前らを越える!」

「あぁ、そう..」「勝手にすれば?」

「んだよ冷めてんなぁー。

まもうどっちも俺が上なんだけどな」

「そうだね」「.......」

「冷め過ぎなんだよテメェらっ!」

あの一件があった後、観音は一人で薬師の知恵を学び堕楽は完全に修行を辞め、曼荼は道場で菩薩の修行を続けた


関わる者や環境が変わり、在り方も変化していく。

「どうした!?

そんなもんかよ、弱いなおい!」

「本気で殴らないでよ痛いからさ..」

「何言ってんだお前、組手だぞ?

本気でやらないでどうすんだよ。」

二人に変わる新たなる相棒の名は碑、

少し気弱な印象の腕っ節はそこそこの少年だった。

「痛てて..如来の道遠いなぁ。」

「ははっ、お前も阿弥陀希望か?

そこまでなりたいワケがあんのかよ」

「...強く、なりたくてさ。」

「へっ、なんだ。

俺と同じじゃねぇかよ」「えっ!」

単純な思想同じ、ならば目指すものもまた同じ。

「諸君、集まっているか」

「お、来たぜ?」「白斎様だ。」

道場長の白斎という男、普段は滅多に顔を見せないがとある瞬間に見定めと称して姿を晒す。

「百人組手というのを知ってるか?」

「..聞いた事無いわ。

でも、少なからず百人が犠牲になる事はわかった」

「……」

文字通り、菩薩百人で組み手を始め勝ち残った一人を憂い讃える修行の一貫である。

「上の者は勝手でな、己の都合で勝手に形在るものを壊していく。」

「..何があったか知らないけど、今更聞く話じゃないわ」

「お前は知らないだろうな。思想や思惑が、音を立てて弾ける瞬間を」


「知らないし、どうでもいいから...二度と話さなくていいわよ」

「そうかよ...!」


稲荷の祠

「どうなってんだこりゃあ!?」

「元が昂っている、周囲の獣がそれに呼応しているのだろう。」

以前より数を増し毛を逆立たせ、凶暴性を帯びている。

「最早止まる事は無いだろう」

「ふざけやがって

面倒掛けさせんな!!」

「おい、怒りが出ているぞ。」

「出してんだよっ!」

顔を赤く染め上げ、逆立つ髪は怒髪と呼ばれる。

『明王の極意』


「刻んでやるぜ..」

「お前が先に使ってどうする。」

「何を云ってる。

もうアイツはここにいないぜ?」

「何...いつの間に」

崩れた柱を枕にしていた若造は、僅かな名残を置いて姿を消していた。

「籠から鳥が逃げたのか。

ならば私は何を護っている?」

「決まってるだろう、仏だよ。」

「...違いない。」

当たり前の事に、今更気付き始めた。


「口だけだな、話にならん。」

「口下手のつもりだったけど..褒められるなら大したものね」

手数で劣り力に劣り、傷だらけだがそこは薬師、深くさせずに浅く止める。

「お前、何を待っている?」

「何の事かしらね」「とぼけるな」

過去の記憶から知っていた。彼女がお座なりに戦をしないという事を。

「..私の知り合いにね、少し未来が視える子がいるの。だけど少しおかしいくて」

「ほう?」

「綺麗に収まるのよ、未来が。

段取りがあるようでつまらないの」

読んだ通りに事が進んで予測通りの事柄を体現する。それを繰り返してきた

「そして一つわかったのよ。

彼女が視ている未来は全て不幸な事、幸福なものは何一つ見ていない。」

「邪は連鎖する。

お前如きでは止められん」

「だから待っているのよ」「..何?」

「きゅう...」「どうした。」

群れの獣が悶え溶け出す、ばしゃりと弾け墨の様に。

「さぁ..誰かしらね、興味無いわ」


『阿修羅』

久しく再会すれば人が変わり、違和感を感じるという事があるらしい。

原型を留めず、見違えることも多々。

「……」

「明王の、極意..!」

「返スゾ」

左腕に溜まる黒い塊を一斉に吐出す。

放出される気砲を大刀で打ち払い空へ放る。

「これが一体何だってん..」

「残リダ!」「ぶぁ..!」

逃げ場を与えず腹に直接叩き込む。不細工な蛙のような声が耳元を弄り通る

「下ガレ、離レテイロ..。」

「..わかった。」

かつての知り合いとしてか、脅威としてか、どちらにせよ彼は怒っている。

「逃してどうするつもりだよ?

..まさか俺とやりあうつもりなのか」

「うるさい、苛々するから黙ってくれるか。僕は静かに寝たいんだよ。」

「お前..!」

しっかりと自我をもってそういった。


『阿修羅三面相』

三つの顔に六つの腕、三つの怒りが身体に宿る。

「なんだよ」

「今の内に息を吸っといてくれ。多分これから、呼吸する暇すら与えない」

「なん..」「憤怒」

断罪の剛拳、力限りの拳が怒涛の殴打をみせる。

「がはっ...!」

「悲哀」

繊細な太刀筋の二本の長剣でしなやかに刻まれる。鋭く裂かれた肉体からは鮮血が噴き出す。

「はっ、はっ..!」

「息をするのがやっとかな?」

「煽ってるのか、舐めるな堕楽!

俺はな、お前と違って感情は無い、怒る事も喚く事もない。延々と無だ!」

「..安心しろ、もう心内は晴れた。

後に残るのは何でもない、平常心だ」

逆立つ毛が戻り無表情に変わる。

「何のつもりだ..?」「何もしない」

「君に渡すだけだ」

横をただ通り抜けるだけ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る