第6話

「どらぁっ!」

力の限り握る拳が土手っ腹を撃ち抜く

「阿呆が、石柱を破壊して。

次から何処に腰を掛ければいい?」

「硬い事言うなよ。」

「硬いモノを壊したのはお前だ」


「それよりいいのかよ!

コイツ思い切り延びてるぞ⁉︎」

「気にすんな、芯は抜けてる痛みは無ぇさ。暫く寝たまんまだけどな」

「まったく..だから嫌なのさ。

殴られて潰れた顔なんて、見たくもないでありんしょう?」

目覚めた後は狂わずというが、鬼を纏った時点で正気では無い。イカレて酔った阿呆に過ぎない。


『菩薩の寺子屋』

道場とはまた違い、戦闘以外の知恵を学ぶ場。

「うぇっ..」「なに、どうしたの?」

「何か来るよ..。」

感受性が高く人一倍現象を受け取りやすい少女、奥月おつき。感覚で響いたものは偶然でも錯覚でもなく、紛れも無い出来事である。

「落ち着いて、静かに..」

「うん」 「何が見える?」

背中を摩り、静かに話を聞いた。

「大きな黒い光が二つ。

一つは凄く遠いけど、もう一つは..すぐそこまできてる...。」

「黒い光、成る程ね..怖そうね」

「嘘じゃないよ観音先生..!

ほんとに、ほんとに来てるんだ。」

「ええわかってる、信じるわ。

だから言う事、聞いてくれる?」


「..行くの?」「……」

頭を優しく撫でるとき、それはいつも危険な処に向かうとき。

「扉に鍵を掛けて、みんなで隠れるの逃げでは無くて、戦う姿勢よ?」

「..うん、わかった。

みんなにいって、此処にいるね。

「有難う。

大丈夫、直ぐに鎮まるから..」

声は穏やかに、表情は冷ややかに。


「久しいな、相も変わらず平和面だ」

虚空。

佇む空に黒ひとつ、点は拡がり延される。口ずさむ、歌が聞こえる。

「狼群れをなす。

屍肉を喰みて、吼え猛る。

余りに独りに慣れたものだから

暴威の居場所も忘れてしもうた...。」

黒い毛皮濁った瞳、何を見て何を喰う

「お前ら、好きにやれ。

生かすも殺すも勝手気ままだ」

仏に異なる獣が放たれる。

狙いは神か、菩薩か、或いは。


「..!」「阿形。」

「あぁ間違い無い、凄い数だ。」

「亜異故が、攻めてくる..!」

無数の狼牙が襲い来る。

『阿吽の呼吸』

菩薩や神々に注意喚起を促す。鍵を閉め、外には出ないようにと。伝達するには遅過ぎる事柄だ。

「我々も中心へ!」「うむ。」

「その前に門を閉めなよ」

「お主..何故此処にいる!?」

「外には出るな、絶対にだ!」


「いいから門を閉めなさいよ!

説教は後にして!!」

指示をするのは神でも金剛力士でもなく修行の菩薩、小さな城だ。

「閉めたぞ。」

「そう、ならこれ食べて」「ぶっ!」

泥団子のような歪な玉を二体の口へ放り込む。

「技力を底上げする丸薬よ。

普通より早く動けるから、阿吽で言葉流しながら隠れきれて無い子達拾ってあげなさい」

「助力受けたもうた。」「感謝する」

門番は使いとなり、仏中を駆け巡る。

有り余る力を振るいあげて。

「私も行かないと、馬鹿を向かいに」

仏世界の中心へ、傷が増えないように


「阿吽の奴、動いておるぞ」

「祠に隠れてちゃ駄目なのか?」

「馬鹿云わなんし。」

稲荷の元にも言葉は届き、既に煽りを受けていた。阿吽の伝達は〝菩薩は非難を、神々は臨戦を〟というものだった。

仏に存在する神は幾多

正面の門を守る阿吽、食物の神稲荷。

天候を支配し司る風神雷神。

その他四つの方角に

持国天、増長天、広目天、多聞天。

一つ目から順番に東西南北を位置する

「べらべらやってていいのか?

奴さん達、わらわら湧いて来たぜ。」

「飾裡お前も手を貸しなんし」


「..はいよ。」

「ミタマ!」「あれをやるんだな?」

ミタマ胴体を尻尾に重ね丸くなり、イヅナの元へ飛ぶ。イヅナは刀のように形を変えた尾で、それに触れる。いったん影が重なって、煙が晴れると、二対は一つの大きな狐になっていた。


矟耶さくや


「一歩も通さん!

雑魚はおろか、童を抓む野鼠もな!」

「性格変わってんぞ、お前ぇ..。」

鋭い刃は口元で加え携え、牙の代わりをしている。

「ヒヒッ、きりがねぇ!

空まで疾って来やがるヨッ!」

「電撃撒いとけ、オレは風をビュービューと..なぁっ!?」

抜け目を見せず隅までも大賑わい、黒は世界を取り囲む。

東「らぁ!」西「はっ..!」

南「くぅ!」北「ふん...!」

墨を殴っている様だ。

一度潰れると形を戻す、数を増やして飛び掛かる。

「扉を飾るな、犬公。」「ぎゃっ..」


「外の者は?」「避難させた。」

「そうか、だとすれば..掃除だな」

塵は掃いても沸いて出る。


「..殺風景だな、在るのは無様に汚れたけだものと、狼狽る神々ばかり。昔と比べて変わったもんだ」


「いや、前からこんなものか?」


寺子屋

「..はっ!

先生、行かないで..。」


「...ん?」

落ちた瞳に映るのは、冷徹な面の姫。

騒ぐ祭りに戯れず、独りで歩行く微かな怒り。

「久し振りだな、変わらず群れには属さぬか。まさか味方がいないのか?」

「一緒にしないで、臆病者の癖に」

「何とでも云え。」

近しい光は他所から延びる逆光。

未だ見えない遠くに在る輝きは...?


「恨むなよ薬師如来。

名は確か千寿せんじゅだったか」

「......」「返事は無しか..。」

縛りの鎖で捕らえられ、意識を根幹から断たれていた。

下界したが何やら騒がしいな、

怒りや憎しみに満ちている。」

恍惚の表情で酒を喰らう。

「価値は見定めた、後は総べるのみ。

我は阿弥陀と成りて世界を見下ろす」

玄武は甲羅を破られ、朱雀は翼をもがれた。鳳凰は羽撃きを失い、薬師は知恵を奪われた。

「千年という長い歴史は、たった一月で変わり果てた!ふははははっ!」

阿弥陀の後光は思想を示し変色する、彼の纏うそれは青黒く、今の仏と同じ彩をしていた。


「まだ修行してるのか?」

「……」「相変わらず愛想が無いな」

「貴方こそ、過去の話ばかりね。

今が随分と不満だらけなのかしら」

「奴はどうした?」

「..知らないわよ

干渉する程興味は無いわ、今頃何処かで鬼に喰われたいるんじゃない?」

「そうかよ..ならお前は俺が喰ってやる。過去の遺物としてな..!」

「餓鬼ね

本当下らないわ..あんたって。」


「うぅっ...!」

「なんだ、どうした?」

「他所を見るな、噛まれるぞ。」

内なる鬼が腹を引っ掻き目覚めゆく。

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