第5話

「いつから此処に居る?」

「..あんたが落ちてくるずっと前だ」

「じゃからそれを聞いてるのだが。」

聞いても多くを語らない、亜異故では過程も現在も意味をなさない。話題など常にありはしない。


「ここが家か?

木々を屋根にしたタダの洞穴じゃが」

「……あんた如来か?」

「質問を質問で返すか、まぁいい。

宝生如来じゃった、元はな。新しく若造が就任した事でお役御免という訳じゃなぁ。」

「時空の奴に蹴落されたクチか..。」

「ほう、時空を知っているか。

してその背の刀、どこで見つけた?」

「根掘り葉掘りが止まらんな。年寄りの性か、厄介だな」

己で考えることを怠り、質問し得た情報だけでやりくりする。そうする事で稚拙な偏見が生まれ広まる。

「聞いているだけじゃ、身構えるな」

「...この世界は、願望や欲を表に具現化するらしい。俺は単純に強さを求めていたからな、知らぬ間に鎧と共に背に寄り添った。」

「友達は武器か、寂しいな」

「思うほど必要無いものだぞ、友は」

何かを達観したのか、諦めて手放したのか、切り捨てた後の潔さを強く感じる。根や葉を掘らずとも、失ったものがある事は解る。

「使い方、教えてやろうか?」

「..それは質問か。

だとすれば答えんぞ」


「何を云っている、モノには全て皆価値があるのだぞ?

こんな屑の世界にも変わりなくな」

「...ほう?」


稲荷の祠

「だぁ〜...」「これ喰いな。」

 「え?」

「稲荷の握りだ、空腹もそうだけど怒りも収まる。定期的に渡すよ」

「どうも、有難..。」

イヅナが怒りを生むならばミタマはそれを抑える任。元々性格の真逆な二対は在り方も逆、苛々を与えるイヅナと癒しを渡すミタマ、腹の減った菩薩や神に油揚げで包んだ米を密かに渡す。彼に怒りの情は無いのだろうか。

「なぁにやってるんだいミタマ!

それじゃあ鍛錬にならないんだよ。」

「あ!」「うっ..」

五臓六腑に入れた恵を腹ごと裂いて除かれる。堕楽は再び狂乱の鬼と成る。

「勿体無いなぁ...」

「お前が勝手にあげるからだろ。

情けは捨てなんし、修行なんだよ?」

割り切って敵になる。

気の強さとは別の起点、活発な志向。

「いやいや。

やりたくないって云ってたけど..」

こういった光景も何度も視た。その度に握りを渡す、普段と何も変わらない

「喰わせろぉ!!」

「お、復帰したか。

それじゃあ第二部と行こうぜ!」

「はしゃぐな童、無理に繰り返すとガタが早くなりなんし。」

「お、助力してくれんのか?

助かるって話だぜ!」

怒れる菩薩を適度に抑え、明王の感覚を身体に馴染ませる。その為には第三者が力を加え態勢を整える必要がある


「まったく、上に昇がったと思ったら

直ぐに降りて来て..はた迷惑な男でありんす。」

「はっ、それこそ知るかよ。

アッチも色々と大変らしいぜ?」

全うせずに逃げてきた。一つ言える事は、望まぬものもいるという事だ。

「喰わせろ!!」

「それどころじゃないな今は!」

「..みたいだね。」


如来堂

「どうだ時空、慣れたか?」

「ええまぁ..色々と、大変ですがね」

「焦る事ないよぉ若いんだから。

急かす者なんて周りにいないからね」

「日々、精進致します。」

「そう身構えるな、良い事だがな」

空に聳える如来の城は位こそ高尚だが住まう者は極端に少ない。それは如来に成り代わる事の難度を単純に表し、数の少なさはそのまま希少性を示す。

「あ、そういえば。

さっき部屋に寄ったけど、使いの玄武が居なかったねぇ。」

「珍しいな、滅多に出掛ける奴では無いだろうに。何か知らんか?」

「さぁ..私用は詮索しませんので。」

「鳳凰にでも聞いておくか..」

如来には一つずつ神が付き世話をする

阿弥陀に鳳凰、薬師に朱雀、そして宝生に玄武。個々の特徴が各々あるが中でも玄武は部屋に篭り、細やかな事柄に勤しむ事を好む傾向にあった。


「一つわかった事があります。」

「ん、なんだ?」

「宝生如来として、価値を見出す事に準じて未だ私は極めて日が浅い。しかし価値というものは、尊重するだけで無く、自ら吟味し、選ぶ事も出来るのだと。」

「ほほう、それは興味深いな」


阿弥陀の間

超えて薬師の間

更に超えて宝生の間、廊下。

「朱雀の奴はまだ寝ているか、怠惰な愚か者め。毎度の事ではあるがな」

阿弥陀に使えし鳳凰が襖を開ける。当然如来の姿は無いが、宝生を支える同類を拝む事は出来る。

「失礼する...玄武、玄武居るか?」

返事が無い、いつもならか細く声を重ねのろりと顔を出すのだが。

「寝床では無いな、広間か..」

布団が並ぶ部屋を閉め、中心となる広い部屋へ向かう。

「玄武、ここにいたか」

こちらに背を向けて、ゆらゆらと身体を揺らしている。うたた寝でもしているのか、疲労を帯びているようだ。

「いつまで眠っている

宝生如来様はもう向かったのか?」


「……」「おい、玄武。」

肩に軽く手をやると、身体は力なく床へ大きく傾く。

「玄武..?」

仰向けになった玄武の腹は大きく斬り裂かれ、血を流していた。

「阿弥陀様に報せねば..!」

いくら身体を揺すろうと目覚める事は決して無い。


「なんだ?

向こうから悲鳴が..」

「気にする事はありませんよ。

それよりも先程の話の続きですが」

「ん、おぉなんだったか。」

「価値観はつくれるという事です。

見えているものと事実は違う。なら、異なる事を事実にも出来る」

「..なかなか難しいな?」

「こんな風にね」

薬師如来が阿弥陀を羽交い締める。

「なっ、なんだこれは⁉︎」

「現実の正しい価値です。

阿弥陀様、残念ですが貴方では甘すぎる。世界は厳しい規律でないと。」

ぬるりと袖から抜き出したのは、鞘の無い黒い刀身の剣。不気味に光り、異彩を放っている。

「さようなら、世界のあるじ

後光を残し、粉に消ゆ。

「..あっけないねぇ、どうも

薬師如来の催眠も解ける頃かね?」

帰るは宝生では無く阿弥陀の間。

彼は新たなる、世界の価値となる。


落胆の地『亜異故』

「どうじゃ?」「掴んだ..大分な。」

皮肉を教わると強くなる。プライドやこだわりを捨てれば尚更馴染む。

「間違えて落ちてみるもんじゃわい、こんなに馬鹿なケモノがいるとはの」

「獣(ケダモノ)が武器を使うか?」


「本当に行くのか?」

「..あぁ、これより仏に侵攻する。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る