第4話
「ウツギカズラ二つ..あるわね」
変わった形の植物を小鉢にてすり潰す
「薬を作れるのか。」
「本来は..作らず気功で治すべきなのだけど、菩薩の身でそれは無理」
「……」
「ほら、腹を出して。」
「かたじけない..」
傷の形状は然程広くなく控えめだが食い込みが激しく奥行きが深い。
「優しいな。」
「..偶々傷負ってただけでしょ、それだけで判断しないで」
「済まない」
「観音とやら、恩に切る...。」
「覚えてるじゃないの、相棒とはまるで違うわね」
「..済まない。」
元々競争や群れる事が嫌いだった彼女は一人で感心あるモノを追求する事を選んだ。というよりは初めからそのつもりだったのだが近くにいた奴が邪魔をしたのだ。
「阿吽の呼吸で遠くから視ていた。亜異故の獣に、お主手を出そうと思えば抗えた筈だ。何故何もしなかった?」
「..興味無かったから、出した処で勝てはしないし。出しゃばるのも好きじゃないから」
「そうか、お前あの時の...」
一心同体といえど此処までの差があろうとは、個体の差では無く遣い方の差
合わせなければ別の存在。
「根掘り葉掘りと聞くつもりは断じて無いが、聞かせてくれないか。お前は何に興味が湧いた?」
「...薬師如来。」
仏外『亜異故』
仏の世界では定められた時間は無く、
各々の刻をきざむ。唯一修行を行う道場のみは阿弥陀によってある程度の時間を決められている。仏の外の空間である亜異故は更に秩序が無く、空は歪み、場所によって刻の流れは大きく変わる。
「......。」
小高い丘から暗い森を見つめる。風一つ吹かない不気味な緑ではあるが殺風景という訳でも無く、じっとしていれば住処からの来客も顔を出す。
「ききゅう!」「きゅう!」
「...知らせか、何だ。」
汚れ濁った黒い狐が崖を登り丘の元へ
同じ色をした男の首元に巻き付き近況を伝える。
「きゅう!」
「なに、生物が落ちた..?
...上からか、まさか如来なのか」
狐を走らせ高台を自ら飛び降り後を追う。森へ入り、木々をかき分け行った先には落下した形跡を残し、うつ伏せで倒れる人型の姿が存在した。
「...死んでいる、訳では無いか」
「痛っててぇ..。」「ききゅう!」
「.....!」
ぬるりと蠢き起き上がろうするソレを警戒し、背中に携える大剣の柄に手を掛ける。これを戦闘態勢という。
「待て、何もせんよ。」
背を向けたまま掌を見せ、敵意は無い事を告げる。
「...信用すると思うか?」
「そんな事知るか、しようがしまいが勝手にしろ。オラには関係ねぇ」
腰を上げ、日本の足を地に付けて言う
「上から来たのか?」
「まぁな、ホントは仏に降りるハズじゃったが何せ久し振りでな。大きく逸れてこのザマじゃい。」
細身の老いぼれ、それ以外の情報は今のところ無い。
「名前は?」
「餓狼じゃ。名を聞かれるとは有難いお前は、名は何と云う?」
「...曼荼だ」
稲荷の祠
対をなす明神、ミタマとイヅナが慣れない景色を見つめている。
「なぁイヅナ、あれなんだ?
客人じゃないよな、敵でもないし。」
「知らんよあたしゃあ、敵じゃ無いなら放っときなんし。」
狐の姿をした二体は悪しきものに間違えられやすく、亜異故の存在を知っている菩薩には警戒を強いる。
「そんなもんか?
もっと怒らせてみろ、お前は型にはまり過ぎてんだよ」
「だから..修行してないんだって...!」
「なんか、無理してないか?」
「だから知らんと云っとらんす。」
適当な本を外に持ち出したばっかりに
勝手な男に修行をつけられるハメになった自由人。運悪く体得内容は特殊中の特殊、明王の極意。
「いいか?
明王っていうのはな、阿弥陀を筆頭とした如来の連中が菩薩の過ちを正すときに晒す怒りの姿だ。穏やかな態度じゃ表せねぇし、出し過ぎと歯止めが効かねぇ。生半可な心持ちじゃ扱えねぇもんなんだよ!」
「いやだから、話聞いてる?」
「なぁ、やっぱりおかしくないか?」
「だぁから知らないでありんす!」
どこまでも一方通行な二人、それを見つめる二体もまた一方通行。
「何で出来ないんだ!」
「やる気が無いからだよっ!」
「いいぞ、もっと怒れ!
心を乱して明王を呼べよ!」
「明王?
アイツ等そんな物騒な事してたのか」
「気付かなかったのかい。
仕方ないね、喧しいからわっちが力を貸したげるよ!」
ぐったりと腰を掛けていた石造りの柱を跳び降り、駆け寄る。
「おいそこの仲違い。
こっちを向け、話を聞きなんし」
「なんだお前?
此処の稲荷神だな」
「..また面倒な奴が出てきたよ。」
「出てきたとは何事だい?
元々わっち等の
「...それもそうだ。」
我に帰れる程マトモ、おかしくしているのは周囲の環境で間違いない。
「邪魔するな、神でも許さん」
「邪魔なのはお前らだ、助力してやるから即刻立ち去れ。」
「助力だと..何だか出来過ぎてるな、何を企んでんだよ」
「疑うな、言葉の通りだ。」
狐が自らつまみに参った、嘘を付くよりおいしいと。
「何をするつもりだよ、僕に..」
「憤怒の姿を晒すのだ。
わっち等は食物の神、食はそれ欲の塊食の欲を抜く事つまり怒りの証」
筆先のような毛のふさに覆われた尾を刃物に近い形状に変化させ、腹を斬る
「....なに?」「まぁ見ておきなんし」
表面的傷は無くその代わり、一部の感覚在り物を刈り取っていく。
「..減った」「何?」
「腹が減った...!」「はぁ⁉︎」
「気をつけろ、奴は自我を失くしておる。力の加減は出来んぞ」
「なんで飯抜いただけで怒んだよ!」
「元々そういう神なんだ、空腹により怒りに満ちた者に食物を与えて恵みとする。今はそれを完全に抜いた状態だから、奴は狂乱の鬼と云っていい」
「喰わせろ!」
「暴れんなっ!
出し過ぎはマズイって言ったろが!」
無理矢理のシワ寄せが今頃巡る。彼は今思っているだろう『やりたくない』しかし暫く帰れない、帰さない。
「止めなくていいのか?」
「知らん、勝手にさせときなんし。
それに止められない訳でもあるまい」イヅナは偶に、達観した先を見通すような口振りで話すときがある。
「何か知っているのか?」
「知る何も小耳に挟まされたのさ、何が起きても無事だとね。」
「奴は飾裡、如来の役目という奴を自ら捨て去った男だよ。」
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