第五十三話 温泉旅行戦 その6
不良が飛びだし、また直ぐに岩陰に戻るのを二度ほど繰り返した。
撃たれた場所は、右手と右手首だった。
湯気の動きで相手がどこにいて、どれくらいの大きさなのかを察することのできるスナイパーがこめかみを、心臓を、足を狙わなかったのである。
「どうだ。なんかわかったかよ。」
不良が荒い呼吸で銃弾を取り出している。
僕は確信していた。
「スナイパーは、僕らを殺す気がありません。」
「なんだと。」
「おそらく、協定を結びたいと思っているはずです。仲間にした方が得策だと思っているから殺すのではなく追い込んで、雪山の自然環境による凍死寸前を狙って交渉を行おうとしているのではないでしょうか。
「なるほどな。確かに、変なところばっかり狙ってくるしな。この岩場から出さないようにするってだけで、殺しにかかってる感じもねぇし。」
「ここから先の作戦は、交渉されることを前提に進めましょう。」
いつもはこちら側が交渉していたが、今回に限っては逆と言う事になる。
主導権を握られている感じがして中々に不愉快である。
「スナイパーが交渉してくるとしたら僕らの立場が圧倒的に不利であることが分かった場合に限ると思います。つまり、あと数時間はここにい続けた方が良い。その上で、一切動かずに体力を温存することにしましょう。あちらにこちらが身も心も疲弊していると思わせるんです。」
「じゃあ、あたしも傷を余り完璧に直さない方がいいかもな。」
「まぁ、完璧に傷を治してもいいですが傷に絶えるような荒い呼吸をして岩陰から白い息でも見せて置けばより上手くいくと思います。」
「わざとしい気がするけどな。」
「蝙蝠抜刀による回復に吸った血の量に応じて回数制限があることは分かっているでしょう。こちらがわざとそうしているのか、本当にそうなのかはスナイパー側に確かめるすべは在りません。だからこそ、かなりの時間がかかると思われます。」
「長期戦だな。」
「しかも、この雪山でまともな防寒服もない。圧倒的に不利な長期戦です。」
不良が鼻で笑う。
「なんだよ。わざとやらなくたって不利じゃねぇか。」
「では、とりあえず寝てください。」
「なんでだよ。」
「体力を温存するためです。実際に戦う時になったら起こしますから。」
「雪山で寝るのってなんか怖いけどな。」
「低体温症で眠くなってきている訳じゃないんですから。大丈夫ですよ。」
それから五時間。
僕と不良は動かなかった。
こういう場合、スナイパーよりも僕らの方がはるかに有利である。というのも、スナイパー側は僕らが隠れている岩への射撃と、移動される度に行う威嚇射撃のためにある程度集中しておく必要があるのである。
また、僕は工夫の一つとしてスーツを脱ぎ、それを岩陰から出すなどして、懲りずに移動しようとしているようにみせかけ続けた。もちろん、銃弾は発射され、スーツには何発か当たった訳だが、非常に面白いことが分かった。
時間が経過するにつれて、銃弾の当たる場所がスーツではなくその周辺の雪になったのである。また、岩への定期的な銃撃も雪に当たることが多くなった。
おそらくスナイパーは僕と不良がもっと早くに降参の合図を何かしらによってするだろうと考えていたに違いない。だから、自分の代わりを周りに置いていないと考えられる。五時間以上こちらを見つめ続ける集中力が切れ始めているのである。
僕と不良は変わりばんこに眠り。
そして。
「聞こえているだろうか。君たち二人を狙うスナイパーだ。」
あちら側からアプローチがあった。
さあ、どう来る。
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