第五十話 温泉旅行戦 その3
スピーカーから聞こえてくる声はそれで終わった。
吹雪の音だけが耳の中に入ってくるばかりであり、思考自体は非常にクリアであると言える。
さきほどのスナイパーの言葉。
考えてこなかったわけではない。
しかし、意味などないのである。
女神は圧倒的な存在であるし、たとえスナイパーの言っている内容が正しかったとしても結局私たちが行わなければいけない行為は変わらない。
生き残る。
今、この吹雪の中スナイパーが命を狙ってきているのである。女神を信用する信用しない、村人を信用する信用しないにかかわらず結論は全く同じだ。
なんにせよ、このスナイパーを殺すしかない。
殺したところで事態は少しずつ悪い方向に進んでいるだけかもしれないが、最悪の状況に向かって超特急で進むよりはましである。所詮は延命治療でしかないが、基本的に命というものにできる行為は延命治療以外は存在しない。
「よう。」
「はい、何でしょうか。」
「あたしらはやっぱり使い捨てだし、邪魔者だな、どっちにいてもよ。」
「最初から分かっていたことではありませんか。」
スナイパーに狙われないよう岩に隠れてはいるものの、どこからともなく簡単に狙撃されてしまうような、そんな自分の心の脆さを感じてしまう。
「女神がこちらを捨てるであろうことは考えていたではないですか。」
「まぁ、な。」
「たぶん、どこかで僕たちは死ぬか殺されるか。」
「まぁ、そうだろうな。」
「確率的にはほぼほぼ命を落とすことは決定している旅であることは明白でしょう。ですが、まだその結論には至っていない訳です。僕には名案もありますし。」
「嘘つくなよ。ねぇだろ、名案なんて。」
「ありますよ。」
「言ってみろよ。」
「これから貴女と僕で考えるんです。」
「それ、名案って言わねぇよ。」
「名案ですよ。貴方と僕がこのチームにいて、しかも邪魔になるような実力不足の仲間もいない、フットワークは軽く、しかし、まだ女神と繋がっているからその恩恵を受けられる可能性もある。チート能力者は何人も殺してきたし実績もある。どうですか、名案の一つや二つ思いつくとは考えられませんか。」
不良が笑う。
「よくそんな並べ立てられるな。営業の仕事とか向いてるんじゃねぇの。」
「絶対、嫌です。外に出たくないので公務員になります。」
「いや、公務員でも外に出されることとかあるだろうし。でもよぉ、この記憶も結局、営業とか、公務員とかっていう仕事がある架空の異世界の記憶を植え込まれてるだけなんだよな。なんだかなぁ、喋ってるんだか、喋らされてるんだか分からなくなるぜ。」
小さな銃声が聞こえる。
ほぼ同じタイミングで岩が振動する。
スナイパーが撃ってきたようである。
ただ、振動の具合から考えてもこの岩ならスナイパーの銃弾から身を守ることは可能だろう。というか、可能ではなかったらもう、この平地で生き残れない。
「あれ、なんだろ。」
不良が足元を指さす。
水たまりができていた。
しかも、それがあちこちにあるのである。
左右にある大小さまざまな岩の裏、その岩から出ている所にも、水たまりがある。
私は指先でほんの少し触れてみる。
温かかった。
「これ。温泉じゃないですか。」
不良が目を丸くして大きく頷き、同じように指で触る。
「そうか。そういうことか。これが、か。」
「何がでしょう。」
「聞いたことがあってよ、何でも好きな場所に手のひらサイズの温泉を作り出す能力があるって。」
「ものすごく高温であるとか。」
「いや、もう丁度いい温度。」
「両手サイズですか、片手サイズですか。」
「いや、もう女の片手で掬えるサイズの温泉だよ。」
「え、その、どういう能力なんですか。」
「どういうっていうか、いや稀に見るクソ能力だよ。」
あ。今回の敵、楽に勝てるかもしれない。
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