第四十九話 温泉旅行戦 その2
私はスナイパーだ。
おとめ座のO型だ。
一人っ子で、父は地方の公務員、母は音大で教授をしていた。
割と裕福な家庭で育ったスナイパーであると思ってくれればいい。
諸君。いや、二人しかいないか。
とかく。
今、現在スピーカーを使って話しているがこれも直にしなくなる。あくまで最初で最後の会話であると思って欲しい。
ちなみに。
ここまでで分かったことだと思うが。
おとめ座のO型と名乗っている、ということはだ。
私も転生者だ。
元々は、君たちと同じ世界から来たのだと思ってくれればいい。
ここから先も君ら二人は進んでいくんだろう。
そのことは分かる。
だが。
何の目的がある。
何の意味があってここにきている。
無駄だ。
言っておくよ、先に。
君らの冒険は無駄でしかない。
何故ならば、だ。
君たちはそもそも間違えているからだ。
君たちはこの異世界に女神から転生されて、魔王としての役を担うことになった。正確には魔王役は一人だが、ここではまぁ、細かいことはいいだろう。
村人を殺す。
条件はそれだけだ。
単純であり、しかし非常に難しい。
村人は本来はなんということのない職業だが、勇者をバグを利用し殺害し、それによって多くの経験値をもらい、今やだれも勝つことができない。
特別な職業についていないから設定で縛ることもできず、村人という職業であるからして特別な長所もない代わりに特別な短所もない。
すべてが悪い方向に機能したと言える。
で。
君たちはなんだ。
魔王役として村人を殺し。
それで何になる。
元の世界に女神が返してくれると約束でもしたか。
それとも、村人を殺せなければ死ぬ、とでも脅されたか。
別に構わないが。
いいか。
よく考えろ。
君たちは何者だ。
この異世界に飛ばされてきた誰だ。
本当に。
君たちは誰なのか。
いいか。
君たちは誰かなのか。
誰かであると本気で思っているのか。
あるものを教えてやる。
いいか、これはチートアイテムでも、チート機能でもない。標準スキルとして存在するものだ。それは改ざん。
いいか、改ざんだ。
そんなスキルがある。
これはそもそも人間が持つことのできるスキルではなく、またモンスターも持つことのできないものだ。もっと言うのであれば、基本的に誰も持つことはできない。
けれど。
存在している。
何故か。
これは、神属性のキャラクターが持つことのできるスキルだ。
いわゆる、天使、大天使、閻魔、ハデス。
そして。
女神だよ。
君たち二人のバックにいる女神だよ。
それだよ、それも当たり前のように持っているスキルが、改ざんだ。
では、次の質問をしよう。
なぁ。
異世界って本当にあると思うか。
どんな場所に生きている人間であっても、その時の辛い出来事や、悲しい出来事、悲劇から少しでも遠ざかりたいと思うものだ。それは本来、精神的な点に付随するものだが、時として物理的な距離も伴う場合がある。
それが。
異世界だ。
現実をまともに見ることのできない腑抜けのための逃げどころ。
異世界だよ。
で。
あると、思うか。
異世界が。
蛇口をひねると水が出る。誰かがゲームをやっている光景をインターネットとかいうものに乗せて配信する。準じた金額を入れればそれに応じた飲み物が出てくる。スマートフォンというのがあり、その前にガラケーというのがあり。キーボードの配列はQWEが基本である。見られていると嫌だからパソコンについているカメラを付箋で隠しておく。夜中に腹が減ってコンビニで何かを買う。クラスの誰かがいじめられていてそれを見て見ぬふりをする。店でもらえるレシートの裏で爪をこすると綺麗になる。推しという言葉が存在している。腐女子は元々、婦女子の誤変換から始まったという説がある。バブル崩壊という言葉がある。シンクの汚れは早めに落としたほうがいい。廊下は走らない方が良い。コンビニで買う安い傘は、シールでもはっておかないともっていかれる場合がある。一月から始まり十二月で終わる。月曜日、火曜日、水曜日、木曜日、金曜日、土曜日、日曜日がサイクルになっている。普通、人を痛めつけても経験値は手に入らないし、レベルアップとかそんなものはない。探していたものが箪笥の裏や、冷蔵庫の裏から見つかる。異世界転生などという作品群が流行っていて結構、読まれている。
君たち二人がいるこの世界には、そんなものはないというのに。
今、この世界に。
そんな文化も、考え方も、物質も、何も存在していないのに。
何故、前にいた場所にはあるということになっているのか。
もっと質問をしよう。
ある、とはなんだ。
ある、とは何があることを指す。
教えて欲しい。
丁寧に教えて欲しい。
ある、とはなんだ。
教えてやる。
私も、君たち二人も。
本当は。
異世界に転生などしていない。
いいか。
ここが、本筋の世界だ。
現実世界などない。
正確には異世界というものすらない。
どこにも行けない。
ここが。
本当に、始発であり、終点だ。
ここ以外に世界などない。
ないんだよ。
なかったんだよ、最初から。
私たちは女神に騙されたのだ。
私たちの正体は。
この異世界で普通に生まれたのに。
神隠し、いや正確に言えば、女神に誘拐されて。
女神のスキル、改ざんで。
本来存在しないはずの世界の知識を植え付けられた上で、この異世界にひょんなことから転生させられたという、記憶に改ざんさせられた。
行き場所のない、ただの漂流者だ。
だからこそ、こう言える。
君たちのしていることの先には悲劇しか待っていない。
何もかも間違っているのだ。
ただ。
受け入れている者もいる。
受け入れた上で組織だった者たちもいる。
もちろん、君たちも村人を倒さなければ死んでしまうことは分かっている。
けれど。
私たちも村人を殺させるわけにはいかない。
村人は女神を殺すことのできる唯一の希望だ。
女神を殺害し、これ以上の悲劇を生まないようにする。
もちろん。
君たちのことも考えている。
女神に良いように使われるという、役回りになってしまったことに対して同情しているし、蔑むような気持など私には全くない。
だからこそ、これが終わった暁には。
君たち二人の立派な墓を建ててやるから、ここで死んでくれ。
魔王という役回りになった以上、私の力で助けてやることはできないし、おそらく方法は存在しない。
魔王からの脱却は不可能だ。
私は魔王というものがどんなものであるかを知らない。おそらくここに来るまでにも大変な苦労があったことだろうと思う。それは想像することもできないものなのだろう。
私の知っている苦労の数倍、数十倍、数百倍、そのことも分かっている。
ここから先の道もおそらくは険しいだろう。そのことも分かっているはずだ。
まず、普通に考えて。
君たち二人が女神をバックにつけて村人を殺すことは不可能だ。確率的にあり得ない。
だが。
村人が時間をかけて女神を殺すことは可能だ。
分かるだろう。
どちらが正義で悪かという問題を無視しても。
どちらがことを成せるかは明らかに答えが出ている。
この話は村人側でも上層部しか知らない情報だ。だからこそ、ここで君たち二人にこうして話した意味は分かるだろう。
覚悟を決めろと私は言っているんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます