第四十八話 温泉旅行戦 その1
病院の中に出る予定だったのだ。
カルテを見つけてくるというミッションだった訳であるし。
気が付けば。
雪山であった。
周辺に木々はないかわりに、黒く淀んだ色をした大きな岩が転がっている。地面にもその岩にも雪が積もっており、正直このあたりの地面の盛り上がりやくぼみなどは正確には分からない。
「よう、寒くて死んじまうよ。このままじゃよ。」
「その点については同意しますが、申し訳ありません。解決策が見つかりません。」
「見つからねぇなら、喋るんじゃねぇ。寒すぎて何もかもがうぜぇ。」
ただの雪山であったらまだ良かったのかもしれない。
今現在、軽く吹雪いているのである。
ホワイトアウトには当然程遠いが、三十メートル先ともなれば全く見ることはできない。
女神から支給されている服がスーツであって本当に良かった。長袖であるからまだ何とか体温を逃がさないようにすることができている。これで、タンクトップだったらと思うと非常に恐ろしい。
足元の雪は粉のようであり非常に軽く足が埋まってしまうようなことはない。身動きがとりにくいということはないので移動することは可能である。
しかし。
どこに向かって移動するべきなのか。
「なぁ、カルテを見つけろっていうミッションなんだからよ、この近くにあるんじゃねぇの。
「何がでしょう。」
「病院だよ。山の中に病院があって、今あたしらが見つけられてねぇだけなんじゃねぇの。」
その瞬間である。
足元の雪が急に飛び上がり、私の顔を直撃した。
別に痛みなどはない。
ただ驚いてしまっただけである。
「なんだ、今の。」
「口の中に雪が入ってしまいました。非常に不快です。」
僕は顔の雪を払いながら。
なんとなく正面を見つめる。
本当に少しだけ。
影の濃い何かがあった。
不良が私の襟首をつかみ、一気に横へと引き倒す。
そのまま転がるようにして雪の積もる岩の影へと隠れた。
その反動で雪がまた飛び、口の中へと入って来る。
しかし。
もう気にしてはいられない。
不良は岩に背中を預けて日本刀を抜いていた。
「さっきの所、見てみろ。あぁ、畜生。」
僕の顔をめがけて急に雪が飛び上がってきた場所には斜めに細く穴が開いている。
「よく分かりましたね。」
「運が良かったぜ。ある意味な。」
「何者でしょうか。」
「分からねぇけど、スナイパーであることは間違いねぇな。」
誰かが遠くから、銃で狙っている。
しかも。
最初は外してきた。
「舐めているんでしょうか。こちらのことを。」
「いや、不意打ちはノーカンにしてぇんだろ。」
「いやいや、だからそれを舐めているんでしょう。」
「正面から殺してぇんだよ。このスナイパーさんは。」
不良は私と違い、相手の気持ちを慮れるところがある。だからこそ、スナイパーと通じ合っていると言えるのかもしれない。
「こっちのことを舐めてるなら不意打ちでも殺しに来るだろ。たぶん不意打ちで殺さなかったのは、自分の実力をあたしらと比較して確かめるためか。それとも、誰かにこの戦いを見せるためか。」
「アピールですか。」
「村人に、とかな。」
「もっと裏をかいて女神に、とか。」
「お、女神が裏切り者ってことかよ。」
「可能性はあるでしょう。」
「そいつは困った。」
不良が笑う。
その時、何か甲高い音が響き、直ぐに無音となった。
しかし、雪山でその音はこだまして残り続ける。
「スピーカーか、これ。」
また甲高い音が響き、今度はその直ぐ後に咳払いが二回聞こえた。
「声だけで失礼する。私は君たち二人を狙うスナイパーである。」
吹雪が少しだけ激しくなった気がした。
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