第四十六話 時間旅行戦 その8
どうする。
どうする。
確かに、女神の立場からすれば殺すことが確定した存在がどう暴れまわろうが知ったことではない。しかし、土壇場でこっちの要望を聞いたふりをして、自分の欲を優先するとは思えなかった。
こんなところで。
気まぐれを起こされるとは。
分かっていた可能性だったというのに。
まずい。
まずい。
まずい。
「ははっ、別に僕は女神様の生け捕りなんて考えていないんだけれども。その、は、ははっ。」
最悪だ。
否定しやがったこいつ。
こっちの嘘がばれた。
まずい。
どうする。
何の逃げ道がある。
「あら、聞いていた話と違うみたいなのだけれど。」
女神の言葉がこちらに向かってきている。
注意を逸らすか。
いや、注意を逸らしたところで抜本的な解決にはならないし、ここから物理的な意味で逃走ができたとしても生きていることはできない。
電話を切るか。
いや、女神が違和感を持った以上、電話を切る切らないは最早何の意味もない。やるだけ無駄だ。
手下が本当は女神を生け捕りにしようとしているのに、その目的を隠していると嘘をつくか。
いや、そうなるとこの絶体絶命の状況で手下が自殺を行い時間旅行をしていないことが問題になる。女神に睨まれたくないのであれば、この状況で直ぐに使う方が自然である。話し合って取り繕う必要もない。
手下を殺して時間を戻すか。
この能力を知っている女神が、またこの能力の影響を受けて記憶を飛ばしてくれるのか。もう既になんでもありの女神という存在であるからして、対策を打っているのではないか。
というか。
殺すと言っているのだから、この能力の影響を受けないような準備はしていて当たり前か。
完全に頭が回っていない。
急に来た最悪の状況のせいで半分パニックになっている。
自分の状態を冷静に分析できるのに、結果として、気の利いた解決手段が浮かばない。
何か。
何かないのか。
「魔王、これはどういうことかしら。」
「その手下は、女神を生け捕りにしようとしていることは事実です。」
とっさに言葉が出た。
しかし、悪くはない。
寿命は延びた。
ほんの少しだが。
「ははっ、僕はそんなことは思ってないけども、ははっ。」
「思っていないとその手下が言うのは当然です。」
これで。
行く。
行くしかない。
「この手下がした要求は村人の生け捕りです。」
「では、貴方が嘘をついたということかしら。」
「そうではありません。」
これで渡り切る。
「女神様の生け捕りの要求は、この要求を飲んだ後にこの手下がしてきた新たな要求だったのです。」
私は自分の立場に関しての情報を使い、ただひたすら頭を回す。
「でも、先ほどそんな話はなかったけれど。」
「その点については申し訳ありません。複雑になるため説明を省いておりました。ご容赦頂ければと思います。」
「説明をして頂けるかしら。」
「はい。元々、この手下は村人の生け捕りを要求としていました。おそらく村人のステータスの引継ぎ狙いだと思われます。」
手下が何か言葉を吐き出そうと口を開いた瞬間。
不良が鋭く睨み、舌打ちをする。
本来、死を恐れない手下には無駄な行為だが、そのおかげで間が生まれる。
意外と役に立っている。ナイス不良。
喋る機会を手下に与える訳にはいかない。
分かるだろ。
死にたくないんだよ。
こっちもな。
「私は村人の生け捕りが非常に難しいことは分かっていましたが、背に腹は代えられず一度要求を飲んだのです。その瞬間は確かにこの手下は納得したのです。しかし、その後直ぐに顔色を変えて、女神様の生け捕りも要求してきたのです。」
「何を言ってるのかなっ、ははっ。大体、僕が女神様を生け捕りにして何のうま味があるのかなっ。」
「村人に対して行ったステータスの引継ぎを同じように行う。もしくは生け捕りと称して最終的には貴方の手で殺すことで経験値を手に入れようとした。」
どうだ。
あり得る話だろう。
むしろ。
真実味すらある。
「でも、実際に僕はそんなことをしようなんて思ってないだけどねっ、ははっ。濡れ衣だねっ、ははっ。」
「その通り、思ってはいないでしょう。何せ、巻き戻った時間の中で貴方が言った言葉なのですから。」
私の立場はループに閉じ込められた哀れな魔王。
などではないのだ。
むしろ、巻き戻った時間を誰も認知できないのであれば唯一起こりうる可能性のある未来を列挙することのできる最重要人物ということになるのである。
最早。
言ったもの勝ち。
「でも、実際に思ってないものは思ってないねっ。」
「しかし、私がその要求を飲んだ瞬間に貴方の中に女神を生け捕りにしようという案が思い浮かぶかどうかは、もう既に巻き戻ってしまったあるパターンの未来の話です。逆にお聞きしますが、貴方は否定できるのですね。女神を生け捕りにしろ、という無理難題を私に押し付ける未来などある訳がないと、巻き戻った時間を認知できない貴方に断言できる証拠があるのですね。」
ある訳がない。
むしろ。
「どうやら、村人の元手下とかいう貴方の方も信用できませんわね。」
ここで意地になって否定してしまった方が無責任に受け答えをしていることになり、余計に女神の心証を悪くさせてしまう。
時間旅行とかいうチート能力を持って喧嘩を売ってきた罰だ。
死ね。
このクソ手下が。
「女神様。どちらにせよ村人の生け捕りを行えばこの男はステータスの引継ぎを間違いなく行うでしょう。そうなればこの異世界でこの男よりも強い存在は。」
女神。
あとはてめぇがその手を汚すだけなんだよ。
「私しかおりませんわね。」
「ちょっ、ちょっと待ってほしいんだけどねっ、ははっ。」
女神は非常に性格が悪い。
しかし。
バカではない。
ちゃんと準備もするし、ちゃんと恐れもする。
自分という存在に傷をつける要因があると分かれば、ちゃんと。
処理もする。
「今殺しても、後で殺しても同じですものね。」
勝負はあった。
手下は。
俯いていた。
「あの、そこにいる魔王に聞きたいんだけどね。」
「何でしょうか。」
「名前を教えて欲しいんだよね。最後だからね。」
「ロトノア。ロトノアハルカス。」
「良い名前だね。ははっ。」
「これから死ぬ奴に本名なんか教えるかよ。」
携帯から指を鳴らす音が聞こえた。
その瞬間。
何か肉を潰すような音が響き。
床には大量の血液と肉片。
その代わりのように。
手下の姿はなくなっていた。
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