第四十三話 時間旅行戦 その5
「もしもし。」
「誰にかけているか分かっているのかしら。」
「もちろんで御座います。本日も美しい声で聞きほれてしまいます。」
「あら、当たり前のことを口に出されても何も嬉しくはないのだけれど。」
「その声すら、聞きほれてしまいます。」
僕はただ淡々と事務的に言葉を連ねていく。
女神は電話の向こう側で微笑んでいることだろう。嬉しいのではない、ただ見下せる相手からの電話を楽しもうとしているのである。
正直、そんなことに付き合っている暇はない。
「只今、少々大変な状況でして。」
「聞きましょう。」
「今現在、村人を裏切ったと言っている、元手下が目の前に来ています。能力は時間旅行。手下が命を落とすと、時間が巻き戻り、その手下と出会う前の状態へと戻されてしまいます。」
「無視をすればいいと思うのだけれど。」
「自殺でも他殺でも、能力は発動します。」
「そう。それはそれは、とても厄介ですわね。」
ですわね。か。
一緒に考えてくれる気はさらさらないと。
もちろん、その程度のことは予想していた。僕の命など代えのきくものだと思っているのだから、ここでわざわざ協力する気も起きないという事だろう。
何度もあったことで、今に始まったことではない。
「代わりに殺して頂きたいのですが。」
「その手下を。」
「はい、お手を煩わせるようで申し訳ないのですが。」
「手間のかからない方が良いのですけれど。」
「と、言いますと。」
「その手下を殺すよりも、貴方を見放して次の者に期待する方がどれほど楽なのか明白でしょう。」
「運命に直接手をかけることのできる能力です。」
「何が、かしら。」
「時間旅行が、です。」
「えぇ。聞く限りは。」
「つまり、です。」
「もったいぶらないで言って欲しいものですわね。」
「僕の一存で、この世界を先に進ませないようにすることも可能だ、ということです。」
女神の呼吸が静かになる。
僕の呼吸も静かになる。
「時間旅行が発動している現段階で、時間が巻き戻っていることに気が付いているのは僕だけです。つまり、その手下も一度時間が巻き戻ったとしても、また時間が巻き戻っていることに気づかずに何度も何度も時間旅行を発動する、ということです。」
「それで。」
「貴方の所有している、いえ、管理している、この異世界は先ほどから一切前に向かって時間が進んでいません。そして、そのことに貴方すら気が付いていない。」
「何が言いたいのかしら。」
「時間をすすめられるのは、固定化された動きを唯一していない僕だけだ、ということです。お分かりでしょうか。」
「その手下と貴方が嘘をついている可能性もありますわね。」
「では、お試しになっては。」
「え。」
「女神という立場ですから、幾らでも能力の影響を受けないように立ち振る舞うことは可能でしょう。そうすれば、嘘か本当かは直ぐに分かるはずです。」
「脅迫しているのかしら。」
「この時間旅行が発動してしまっている異世界において、認知の部分だけでも自由にできる者がいるとしたら、私と女神様だけなのです。そして、この中で時間旅行の能力に直接介入できるだけの能力と、立場、メタ的視点で立てているのは女神様、貴方だけなのです。」
当然、今までもこの手下は時間旅行を使ってきたのだろう。
だが、時間は進み続けていた。
それは、つまり能力に巻き込まれた側が根負けして要求をのんだ、ということになる訳なのだが。
ここにはもう一つ重要な要素がある。
その巻き込まれた側は女神の存在を知らなかった、もしくは、女神と通信できる手段をもっていなかったのである。だから、もっと大外から暴力的な手段でこの時間旅行のループを壊す手段を思いつけなかったのである。
「どうされますか。」
僕は少しだけ微笑み、そして、少しだけ安心する。
ここから何事もなく上手く展開していくなら、ここまで苦労などしていないからである。
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