第三十七話 御仏百景 その2
「貴方が殺したのですか。その。」
「ははっ、この仏像のことかい。そうだよ、殺したのは僕さ。ははっ。」
エレベーターの扉が開くと、そこは黒い立方体が無造作に積まれた部屋で、その立方体が不自然に割れており、そこから中に仏像が置かれていることが分かる。もちろん、ただの仏像なので生きているわけもないのだが、こちらをみつめている気がする。それはきっと数のせいだろう。もう、千ではきかない、大小さまざまな仏像が五万、十万とここにはある。
空気が怖いのだ。
もはや、仏像ではない。
仏像がこれだけ何もせず、ただある、ということが怖い。
人間の形を模しているということが何よりも怖いのである。
仏像ではなくてもそういう条件さえ整ってしまえば怖い。
しかし。
それらをなんとも思わず、足元に転がるフロアボスの体を足蹴にしている。
この男が奇妙。
「てめぇ誰だよ。」
「ははっ、僕は村人の手下さっ、ははっ。」
その瞬間、不良が日本刀を抜き、動きを止める。
次の男の発言によっては、男の首が飛ぶだろう。
「ははっ。気にしないでっ、僕は一応、村人の手下ってことなんだけどさっ、もうやめたいんだよね。」
「理由としてはなんでしょうか。」
「ははっ、ついていけないのさ、ははっ。村人は何でもかんでもやろうとしてるけど、僕からしたら別にそれなりの利益さえ手に入ればそれでいいからねっ。」
「意味は分かるぜ。続けなよ、手下。」
「村人の行動は、完全に僕の予想を超えてるのさ。だから、このまま行くと僕の今後にも悪影響が出る、ははっ。僕はもう村人を利用してある程度の利益を手に入れたからね。もう、殺してほしいのさ、ははっ。」
「仰っている意味は分かります。」
「で。なんだよ。」
「なんだよ、というのはどういう意味かな。ははっ。」
「手土産もなしか、てめぇ。」
つけ込めるなら、つけこむべきだ。
それに。
まだこの手下が本当に裏切っているのかはまったく分からないのである。
信用にも値しない。
「御仏百景を使う、仏像を殺したよ。これで十分じゃないかな、ははっ。」
「こっちは黄金抜刀をいつでも使えるんだぜ。てめぇのしたことなんざ、なんの利益にもならねぇよ。村人を殺してほしいなぁ、なんて言いたいなら、まず態度で示すんだな。」
「ははっ、僕は応援してるのさ。」
「応援じゃなくて、実益が欲しいんだよ、バカ。あと、ははっ、ははっ、うるせぇんだよ、このクソボケ。どっかの有名なネズミかてめぇ、自分の国にとっとと帰れっ、このクソバカ。」
酷い言いよう。
不良らしくて笑いそうになる。
「実は、ちゃんと、お土産があるんだ。ははっ。」
「最初から出せよ。」
「これさ。ははっ。」
男がポケットから取り出したものは、茶色い小瓶だった。
中に何が入っているのかは分からない。
「なんでしょうか。」
「君たちのことを裏切った男がいただろう。ははっ。その男が君たちに毒を飲ませたよね。」
「えぇ。」
「これは、その解毒薬だよ。」
その瞬間、不良が手下の首をたたっ斬った。
首が吹き飛び、そこから紐のように血が伸びる。
僕はあらかじめ近づいていたので、その首の亡くなった手下が持っている解毒薬が地面に落ちる前に掴むんだ。
瓶のコルクを抜き、その中の匂いを確かめる。
解毒薬ではあるだろう。
僕の今かかっている病に対しての解毒薬なのかは分からないが、毒でもない。こういう時に鑑定スキルを持っていて本当に良かった、と心から思う。
「魔王、血とか、かかったか。悪かったな。」
「いえ、問題ありません。」
解毒薬はリターンだ。
手下が本当に裏切っているかどうかはともかくとして、ここからこの自称手下を生きて返すのはリスクだ。
しっかり。
リスクマネジメントはするべき、ということだ。
本当に。
ただ、それだけ。
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